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静岡ニュース

つなぐ意識で不振克服 先制打放った静清・松田修治選手

2011年3月30日10時3分

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写真:静清―日大三 1回表静清1死二塁、松田は左前に先制適時打を放つ=日刊スポーツ
【提供元キャプション】静清−日大三 1回表静清静清―日大三 1回表静清1死二塁、松田は左前に先制適時打を放つ=日刊スポーツ 【提供元キャプション】静清−日大三 1回表静清

写真:声援を送る「甲子園を夢見る会」の小林美一会長(左)ら=阪神甲子園球場:声援を送る「甲子園を夢見る会」の小林美一会長(左)ら=阪神甲子園球場拡大声援を送る「甲子園を夢見る会」の小林美一会長(左)ら=阪神甲子園球場

 (29日、日大三3―1静清) 優勝候補を向こうに回し、いきなり先制のチャンスがやってきた。1回1死二塁。打席に入った3番松田修治君(3年)は「とにかく4番の野村につなげよう」と、バットを指1本分短く持った。

 マウンドに立つのは、大会屈指の右腕吉永健太朗君。だが、立ち上がりの投球を見て、「高めに浮いている」と感じていた。5球目、狙っていた変化球を逆らわずにはじき返した。貴重な先制点をもぎとり、「よし、いい流れでいけるぞ」と喜んだ。

 昨年の秋季大会。中軸の5番を任されて臨んだが、打率1割台に低迷した。チームは東海大会に進み、準優勝の好成績を残したが、自らの調子は戻らなかった。その後の練習試合で、2番や下位に打順を変えられた。

 送りバントや進塁打。自らを犠牲にして好機を広げる役割を経験し、ようやく「次の打者につなぐこと」の大切さを実感した。それまでは、自分が引っ張らなきゃという気持ちが強すぎた。「自分が活躍しなくても、チームに貢献できればいい」と意識が変わった。練習でも大振りせず、センターから逆方向への打撃を繰り返した。

 この日は6回にも安打を放ち2安打と活躍した。具志飛馬コーチは「人間的に成長したことで、技術の面でも向上した」。光岡孝監督は「この冬、野手で一番成長した選手。野球への姿勢が、彼の活躍の要因」とねぎらった。

 確かに試合には負けた。でも、自分たちがやってきたことは間違いじゃなかった。「日大三のような強豪に勝てるようになって、夏、必ず戻ってきます」。自信にあふれた表情で言い切って、甲子園を後にした。(土肥修一)

 ■甲子園夢見て静清OB声援

 三塁側の応援スタンドには、静清野球部を応援し続ける「甲子園を夢みる会」のメンバーたちが駆けつけ、選手たちに声援を送った。

 同会は1992年、小糸製作所に勤めるOB約25人で発足。毎週末の練習や試合に足を運び、差し入れなどを続けてきた。

 同校の元応援団副団長で、夢みる会の会長を務める小林美一さん(61)は試合前、「相手は強いが、今日も普段通りのプレーをして欲しい」と激励していた。

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