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「皆が燃える」根本守って―石橋貴明さん 私の提言08〈3〉

2008年03月08日

 ――帝京の野球部員だったころから30年。いまの高校野球の印象は。

写真石橋貴明さん タレント

 「すごく大人に見えるね。プロ野球選手に近い感じ。投手は分担制になり、手袋やひじ当てなんかも使う。僕らのころはなかったですから」

 ――帝京の思い出は。

 「強くなり出したころ。2年の選抜が甲子園初出場でした。僕はそんなにうまくなかった。ポジションはピッチャーというか、ほとんどスタンド。応援では『神宮に石橋あり』って言われてましたから。新聞各紙の都内版にも出ましたもん」

 ――試合は出てない?

 「1回も出してもらってない。三塁コーチャーでした。『秘密兵器が、秘密のまま終わった』って言ってます(笑)」

 「やめたいと思ったことも死ぬほどあった。僕は高1の時、毎日バッティングピッチャーだった。雨の日でも投げていた。そしたら、2年になるころ、すごい強肩になっていた。遠投なんか、楽々100メートル。下を向かないで顔を上げて頑張っていれば、すごいことって起きるんです」

 ――継続は力なり。

 「そう。それに3年間やったら後の人生が違ってくる。大魔神(佐々木主浩)や清原選手が『タカさんは帝京ですよね』って話してくれる。その瞬間に、先輩と後輩になれたりするわけですよ」

 ――苦しい中で、支えになったものは。

 「甲子園に行きたい、という思いだけで頑張れる。2年春の選抜の時、練習でグラウンドに入ったんです。感動したなあ。やっぱり甲子園には魔物がいるんですよ。高校球児を引きつける、何かがある場所なんです」

 「後の人生でも苦しいことがあるけど、甲子園を目指して汗を流した経験が支えになる。僕もふと思いますもん。苦しいけど、高1の夏の練習よりはいいな、ってね」

 ――去年は特待生制度が問題となった。

 「今さら、あれを言い出したら大変。ただ、あまり県外生が多いと、地元は燃えないかもしれない。佐賀北のようなチームが時々ドンって現れると、『高校野球ってこうだった』と再確認できます。時代が進み、色々な部分がいい方向に変わっていくのは素晴らしいことだけど、高校野球の根本は、いつまでも変わらないで欲しいですね」

     ◇

 いしばし・たかあき タレント 61年生まれ。東京・帝京高で野球部に所属し、3年夏は東東京大会4回戦で敗れた。卒業後、サッカー部員だった木梨憲武さんと「とんねるず」を結成し、芸能界デビュー。米映画「メジャーリーグ2」などにも出演。


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