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総合ニュース

しのぎあった二人の「エース」 佐賀北

2007年08月23日

 9回表2死、佐賀北のエース久保貴大君(3年)が得意のスライダーを投げ込んだ。空振り三振。右手で小さくガッツポーズし、いつものようにマウンドを降りようとした。その瞬間、ベンチから飛び出してきた仲間たちに一斉に抱きつかれた。

写真2回表、久保投手(左)と交代する馬場投手=22日、阪神甲子園球場で

 「頭が真っ白になった。みんなが駆け寄ってきて、少しだけ実感がわいた」

 馬場将史君(3年)と2人で投げ抜いてきた。甲子園の7試合中、久保君が37イニング、馬場君が36イニング。だが、新チーム発足時は久保君が絶対的なエースだった。

 馬場君は入学時は外野手。1年の秋、「左利き」という理由で投手に転向した。今春、上手投げからスリークオーターに変えて急成長する。

 佐賀大会の3回戦で馬場君の先発、久保君の救援がうまくはまり、以降、このパターンが確立された。ただ、久保君の思いは「背番号1はおれ。先発で投げたい」。こだわりが消えたのは、甲子園に来てからだ。対戦相手は強豪ばかり。馬場君の後を継いだ短いイニングだからこそ、思い切り投げることができた。

 この日も馬場君が先発。だが、2回に4被安打2四死球と乱れて2失点し、久保君はいつもより早くマウンドに登る。「審判のストライクゾーンはどう?」。馬場君に尋ねると「少し狭い」の答え。アドバイス通り、丁寧な投球で2死満塁のピンチを切り抜けた。

 その後も、4回から8回まで毎回、三塁に走者を背負った。それでも2失点でしのぎ、大逆転を呼び込んだ。

 この夏、甲子園で初勝利をあげたばかりの県立校。甲子園常連校と違って、ナイター設備も屋根付きのブルペンもない。もちろん、昨夏優勝の早稲田実(西東京)が使っていた「酸素カプセル」もなかった。その代わり、2人は佐賀大会の直前でもひたすら走り込み、制球力をつけた。

 優勝が決まり、ベンチからマウンドに駆け出した先頭集団の中に、馬場君の姿があった。「久保一人でも、自分一人でも、ここまで来られなかった。でも、彼はまだまだ上の存在だと思っています」。2人の集大成の夏が輝きを増した。

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