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第79回選抜高校野球大会

総合ニュース

大垣日大の躍進劇、裏に鬼監督の笑顔あり

2007年04月02日

 大垣日大(岐阜)が2日、決勝進出を決めた。東邦(愛知)で38年間監督を務めた阪口慶三監督(62)に代わって約2年。希望枠で甲子園に初出場しての大躍進だ。野球では無名に近かった大垣日大の「阪口マジック」。生まれ変わった「鬼監督」は、甲子園入りしてからも進化しつつある。

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メガホンで指示を出す大垣日大の阪口監督=阪神甲子園球場で、水野義則撮影

 準決勝の帝京戦。箕浦和也捕手(3年)が4回、2死二、三塁で打席に立つと、ベンチ前の阪口監督が四股を踏んでみせた。「無意識にやったこと。もう年だから、生徒に楽しんでほしいだけですよ」

 春夏通算25回目となる今大会で、阪口監督は常に笑顔だ。

 2回戦で都城泉ケ丘を下した日。大阪市内の宿舎の食堂で、両腕を広げて飛ぶしぐさをしながら選手らの間を走り回り、はしゃいだ。準々決勝の関西戦では、森田貴之選手がスクイズを失敗してもにっこり笑顔。この日も「勝つんじゃないぞ」と選手たちに言い続けた。

 スタンドから見守る東邦時代の教え子、下村勉さん(52)は「まるで別人だ」と驚く。22歳で東邦を率い始めた監督は当時20代半ば。4キロのウサギ跳びを課す「鬼」だった。笑顔を見たことはほとんどない。「選手らがやりやすいように意識してるんだろう」

 監督自身、「変わった」と認める。「東邦のやり方ではダメ。子供たちが野球が好きでいてくれるように、自分も変わらなければと思った」。休日に温泉へ連れていき、冗談も飛ばす。

 監督の兄徹夫さん(69)は、「ずっと野球エリートだった。大垣日大という普通のチームに行ってずいぶん悩み、考えたのだと思う」と話す。

 とはいえ「鬼」の顔が消えたわけでない。「『仏』になったと言われるけど、練習中は鬼ですよ」と控え選手らは口をそろえる。背中に「鬼の子」と書いたそろいのTシャツ姿。気の抜けた動作があれば「鬼の形相」でしかり飛ばす。

 今大会で毎試合安打の4番、大林賢哉選手(3年)は言う。「練習や練習試合では厳しい阪口監督が、甲子園ではいつも笑顔。失敗しても『もう十分』と言ってくれる。それだけで僕たちの気分が上がるんです」


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