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尾藤さん、ありがとう…「野球王国和歌山」に大きく貢献

2011年3月7日0時56分

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写真:第81回選抜高校野球で、箕島―大分上野丘戦を応援する尾藤元監督。6回に箕島がリードを広げ、ガッツポーズして喜ぶ=2009年3月、阪神甲子園球場拡大第81回選抜高校野球で、箕島―大分上野丘戦を応援する尾藤元監督。6回に箕島がリードを広げ、ガッツポーズして喜ぶ=2009年3月、阪神甲子園球場

写真:関係者が次々と弔問に訪れた尾藤元監督の自宅=有田市辻堂拡大関係者が次々と弔問に訪れた尾藤元監督の自宅=有田市辻堂

写真:最後のベンチ采配で選手を励ます尾藤元監督(中央)=1995年7月、和歌山市毛見の県営紀三井寺球場拡大最後のベンチ采配で選手を励ます尾藤元監督(中央)=1995年7月、和歌山市毛見の県営紀三井寺球場

写真:尾藤スマイルで選手たちをねぎらう拡大尾藤スマイルで選手たちをねぎらう

写真:育成功労賞の記念の盾を受け取る尾藤元監督=2008年8月、阪神甲子園球場拡大育成功労賞の記念の盾を受け取る尾藤元監督=2008年8月、阪神甲子園球場

写真:地元ラジオ局の放送で、解説を務める尾藤元監督=2009年7月、和歌山市毛見の県営紀三井寺球場拡大地元ラジオ局の放送で、解説を務める尾藤元監督=2009年7月、和歌山市毛見の県営紀三井寺球場

 甲子園で春夏4度の全国優勝を果たし「野球王国 和歌山」を不動のものにした元箕島高校野球部監督の尾藤公(ただし)さん(享年68)。地元有田市をはじめ、県高校野球界にのこした功績はあまりにも大きい。6日、その訃報(ふほう)に衝撃と大きな悲しみが広がった。「尾藤さん、ありがとう」――。

 有田市辻堂の尾藤さんの自宅ではこの日朝、死去の知らせを聞いて集まった高校野球関係者や親族らが尾藤さんのひつぎを囲み、外にまですすり泣く声がもれた。100人近い弔問客が訪れたという。

 この日は練習を休んで尾藤さんの自宅に駆けつけた松下博紀監督(47)は「野球だけでなく人生について教えてもらった。こんなにも世話をかけてもらった」と涙ぐんだ。

 尾藤さんが野球人生の大半を過ごした有田市箕島の県立箕島高校のグラウンド。午前10時の練習前、野球部の中伸一部長(55)が整列した約50人の部員に「今日の未明に元監督の尾藤さんが亡くなった」と伝えた。部員たちは沈痛な表情で耳を傾けた。

 箕島が2009年に18年ぶりに選抜に出場することが決まった時、尾藤さんは毎日のようにグラウンドに姿を見せたという。「部長として日が浅かった自分にも甲子園での立ち振る舞いなどをアドバイスしてくれた」と中部長。「今年の夏の大会は尾藤さんのためにも、いい結果を残したい」

 選手たちは9日に地元である葬儀に公式ユニホームを着て参列する。夏の大会でユニホームに喪章を着けて臨むことも検討するという。

 野球部OBの望月良男・有田市長(38)は「尾藤先生はこの町に育てられて、この町が好きだと度々口にしていた。『良男は市長として町にしっかり恩返ししろ』という言葉を胸にこれからも公務に取り組みたい」と話した。

 野球部OB会会長の児島昭人さん(60)は「『この人のために頑張ろう』と思わせるオーラがあった」と在りし日をしのんだ。「尾藤監督のノックはすごかった。甲子園での笑顔と恰幅(かっぷく)のいい姿が印象に残っている。兄が亡くなったような気分です」

 春夏連覇を達成した1979年、高校野球史上に残る星稜との延長18回の試合を投げ抜いたエース木村竹志(旧名・石井毅〈たけし〉)さん(49)。高校1年の時に上手から横手に投げ方を変えて調子が上がらなかった時、尾藤監督に相談に行った。しかし監督は静かに「自分で考えろ」と一言。「二度と聞きに行くもんか」とその時は思ったが、振り返るとその言葉によって、自身が納得するまで練習で試行錯誤を重ねることができ、成長につながったという。

 その名試合で三塁コーチを務めた中本康幸さん(49)は、5日午後に尾藤さんを見舞ったばかり。「来たよ」と話しかけると病床の尾藤さんは目を開けて笑顔でうなずいたという。弔問後、「とても残念です」と目を潤ませた。

 当時の星稜監督の山下智茂さん(現・星稜総監督)は、くしくも県内で訃報に接した。総監督をつとめる金沢星稜大学の練習で5日からみなべ町を訪れていた。6日朝、病床の尾藤さんを見舞うために宿舎を出た矢先に知らせを受けた。

 「すごくショックで、ポカンと自分が分からなくなってしまった。お見舞いにも行けなかった」と肩を落とした。「本当にありがとうございました、と尾藤さんには伝えたい」

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