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山梨

野球部強化に奔走 大月短大付・加納健司氏に育成功労賞

2006年06月15日

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練習を見つめる加納さん。ノックをすることもあるという=大月市の市営球場で

 高校野球の卓越した指導者を表彰する「育成功労賞」に県内から、大月短大付野球部監督を20年以上にわたり務めた加納健司さん(70)が選ばれた。創部間もない同校野球部で、グラウンドの狭さや部員不足を乗り越え、大月地区の高校野球を育てたことが評価された。加納さんは「私だけではなく、野球部の歩みも評価された結果だと思う」と話している。

 グラウンドに選手たちの活気のある声が響く。加納さんはボールを追いかける球児たちを柔らかい表情で見つめた。同校を退職した現在でも、同校が練習する大月市の市営球場に足を運ぶ。「野球が好きなのでつい来てしまいます」

 同市御太刀で生まれた。60年、同校の教諭として採用され、野球部のコーチとなった。2年後、監督に就任したが、創部10年にも満たない同校には校舎の隅にある狭いグラウンドしかなく、部員も20人弱だった。

 グラウンドが狭かったため、加納さんは練習場の確保に奔走した。近隣の学校に練習試合に行くと、試合後にグラウンドを借りて練習。春休みには知り合いのつてを頼って、上野原の町営球場を借りた。「恵まれない環境の中でも高校野球に挑む姿勢を身につけてほしかった」と振り返る。

 加納さんは常に「For The Team」を掲げ、選手たちを指導した。チームは75年の秋季県大会で準優勝するまでになった。

 84年に体調不良のため監督を勇退したが、その後も同校の教諭、校長としてチームを見守った。「各部を平等に扱わなければならないが、どうしても野球部が気になった」と笑う。

 市内の少年野球の指導者になった教え子もいる。指導した選手の息子が今年、同校の野球部に入部した。かつての選手たちが、社会で活躍する姿を見るのがたまらなくうれしいという。

 「選手、学校関係者や保護者、地域の支えがあったからここまでこられた。人生の大半を野球部に費やしました」

 表彰式は22日、甲府市総合市民会館で行われる。


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