甲子園に戻ってきた日常 「先輩の分まで」とは言わなかった監督
(18日、第95回記念選抜高校野球大会第1日)
第1試合が始まった。
一塁側の東北のアルプス席から「男の勲章」の大合唱が聞こえてきた。かつて嶋大輔さんが歌い、2018年にはテレビドラマで再び人気となった応援の定番曲だ。
三塁側、山梨学院の応援団は「アルプス一万尺」の演奏に合わせて楽しそうに踊っている。
春は選抜から――。
4年ぶりに声を出しての応援が解禁され、かつての甲子園の光景が戻ってきた。
開会式。拍手に包まれ、出場36校の選手たちが入場した。全校の選手がそろって行進したのも4年ぶりだ。
選抜では、ベンチを外れた選手がプラカードを持つことも多い。全校が行進できたことで、一人でも多くの部員が甲子園の土を踏めた。
2020年3月11日。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、第92回大会の中止が発表された。
21、22年と大会は開催されたが、開会式の参加は第1日に登場する6校のみに限られた。
入場は関係者だけに限定されたり、上限数が決められたり。ブラスバンドの演奏ができない時期もあった。開幕直前に、大会中に、辞退せざるを得ない学校もあった。
「果たして大会が全うできるのか」。この2年間はいつも切羽詰まっていたように思う。
この日、甲子園のグラウンドを踏みしめた履正社と大分商は中止になった第92回大会の出場校だった。
履正社の多田晃監督は「小深田(大地)や関本(勇輔)、あの時の先輩たちの分まで頑張れ」とは強調してこなかったという。
大分商は当時の選手たちの多くが今でもグラウンドを訪れるそうだ。この1月も成人式を機に集まり、選抜出場を濃厚にしていた後輩たちを激励した。
長吉勇典部長も今の選手たちに「先輩の分まで」とは言わない。選手たちの態度や頑張りから、「3年前の先輩たちの悔しさを晴らしたい」という気持ちが伝わってくるからだ。
高松商の主将横井亮太の選手宣誓には胸を打たれた。多くの困難を越え、野球を続けられたことへの感謝の思いがこもっていた。
夏の全国選手権を含め、この2年間はコロナ禍に苦しむ人々を思いやる選手宣誓が多かった。
「今なお、世界中でパンデミックが起こり」
「普段の生活すらできなくなった人が多くいます」
コロナ、戦争、災害……。振り返ってみると、世の中の課題を10代の球児に背負わせすぎてきたのではないかとも感じる。
アルプス席を含め甲子園には日常が戻りつつある。まずはここで思い切り、野球を楽しんでほしい。(編集委員・稲崎航一)