スポブルアプリをダウンロードしよう

  • Sportsbull Android App
  • Sportsbull iOS App

すべて無料のスポーツニュース&動画アプリの決定版!

QRコードを読み込んでダウンロード

Sportsbull QRCode

「ミラクル市川」の監督、渡辺文人さん逝く

2023年2月14日10時45分

朝日新聞DIGITAL

 【山梨】旧・市川高校(現・青洲高)の野球部監督として、春夏通算5回の甲子園出場に導いた渡辺文人(ふみと)さんが10日、甲府市内の病院で亡くなった。74歳だった。

 市川の監督として初の甲子園に出場したのは1991年春の選抜大会。2試合連続の逆転サヨナラ勝ちを決めて4強入りし、全国の高校野球ファンから「ミラクル市川」と呼ばれた。この年は春夏連続出場し、夏も8強入りした。

 その後も、犠打や足をからめて確実に得点する野球を持ち味に、99年と2001年の選抜でも8強入り。計5回の甲子園出場で通算成績は10勝5敗、初戦敗退なしの好成績を収めた。

 甲子園出場前、熱血指導で県内3大鬼監督の一人に数えられたが、「なにより大事なのは勉強、2番目は人の痛みがわかること。3番目は人の嫌がることをやれる奉仕の気持ち、野球は4番目」と指導法を大きく変え、甲子園をつかんだ。

 計26年間指導した同校を離れた03年8月には、野球部員やOB、保護者ら約350人が集まって「送る会」が開かれるなど、多くの人から慕われた。

 同校から移った横芝敬愛高(千葉県)でも03~08年監督を務めた。その後、山梨に戻り、糖尿病で両足の切断を余儀なくされた体で21年まで日本航空高で顧問を続けるなど、晩年まで野球指導への情熱を持ち続けた。

 長年にわたる指導の実績が評価され、21年には日本高校野球連盟と朝日新聞社が高校野球の育成と発展に尽くした指導者を表彰する「育成功労賞」にも選ばれた。

   ◇

 通夜15日午後6時、告別式16日正午、市川三郷町高田のJA山梨みらいクリスタルホールで。喪主は妻清子(せいこ)さん。自宅は同町市川大門。(三宅範和)

関連記事

アクセスランキング

注目の動画

一覧へ