「ぬるい練習でしょ」は違った 斎藤佑樹さん、ライバル校にほれ込む
■斎藤佑樹「未来へのメッセージ」 神奈川・慶応へ
大きなかけ声や土にまみれて必死にボールを追っている姿に、僕がライバル校に抱いていたイメージは完全に変わりました。
ずっと取材したかった慶応高(神奈川)を訪ねたのは1月上旬の寒い日でした。
北風が吹きつけるなか、選手たちは白い息を吐きながら、千本もの振り込みをしていました。
高校時代、慶応とは毎年、練習試合をしました。
「エンジョイ・ベースボール」を掲げ、長髪でプレーする選手たちには、スマートな印象を持っていました。
対する僕たちは丸刈りで、野球は泥臭い。
「慶応は、どうせぬるい練習をしているんでしょ。絶対に倒してやる」と気合を入れていたものです。
早大進学後も、東京六大学リーグで慶大とは何度も対戦しました。
伝統ある早慶戦は卒業生を中心に大勢のお客さんが入るので、一段と気合が入ったものです。
対戦を重ねるうちに、慶応も決してスマートな部分だけではない、ということもわかってきました。
今回、高校を訪れ、地道な練習に取り組む姿を目の当たりにし、確信しました。
慶応も僕らと同じようにがむしゃらさも大切にしているチームなんだな、と。
大村昊澄(そらと)主将ははっきりと言いました。
「泥臭くやらないと勝てない。僕たちも必死です」
驚かされたのが、慶応の選手たちのコミュニケーション能力の高さです。
一人ひとりが自分の言葉で会話ができ、だから、自分で考えて練習ができている――。そんな印象を受けるのです。
「課題はなんですか」。元プロ野球選手の清原和博さんを父に持つ勝児選手に質問すると即答でした。
「スイングスピードが足りないので、まずはもっと上げる。あとは体の切れ。毎試合戦える体をつくりたいと思っています」
森林貴彦監督(49)は「世の中にいい人材を輩出したい」と言います。
そのため、社会人として活躍している卒業生を呼んで、交流の場を設けているそうです。
アフリカの野球振興に携わっていたり、M&A(合併・買収)の最前線で働いていたり……。
そんな先輩らから直接、話を聞き、質問する。
障害がある子どもたちと一緒に野球をする活動も行っているそうです。
僕は高校時代、無口で、シャイでした。徐々に会話が出来るようになったのは、いろいろな人と出会う機会が増えた大学3、4年生のころからです。
それが慶応では高校時代からコミュニケーション能力を養える機会がある。
すごく意義のあることだと思います。
もう一つ、「いいな」と思った取り組みがあります。
春、秋の県大会、夏の全国選手権神奈川大会とは別に、リーグ戦を行っていることです。慶応が県内の学校に呼びかけ、昨秋、計12校が参加して本格的にスタートしたそうです。
森林監督が狙いを説明します。
「県大会、神奈川大会ですべて初戦負けだと数試合しかできない。リーグ戦なら負けても次があるから失敗を恐れずに挑戦できる。なにより、多くの選手が試合を経験できるんです」
大村主将も「打撃フォームを変えてみるなど、積極的に新しい取り組みがしやすい」と言います。
試合後は両チームが一緒にミーティングを行うそうです。互いのプレーを評価し合い、意見を交換することで交流を深める、というのです。
「なるほど」と思いました。
僕は夏の甲子園で優勝し、トーナメントのよさを身をもって経験しました。
負けられないという緊迫感の中でこそ成長できた面はあり、1試合ごとにチームの結束力は強まっていきました。
森林監督や選手たちも、現状のトーナメントを否定しているわけではありません。
それぞれに意義があるように思います。
慶応は昨秋の関東大会で4強に入り、今春の選抜大会出場が有力視されています。
27日の選考委員会で選ばれれば、春夏連続出場を果たした2018年以来の甲子園になります。
負けていられません。
早稲田実は17年の選抜を最後に甲子園から遠ざかっています。
ライバルに刺激を受け、今後も切磋琢磨(せっさたくま)していってほしいですね。(斎藤佑樹)