唯一の野球部員は美術部兼部 斎藤佑樹さんが見た高校野球の自由な形
■斎藤佑樹「未来へのメッセージ」 佐賀・唐津青翔へ
それぞれのカタチの高校野球がある。そう感じさせてくれる球児に出会いました。
たった1人の野球部員――。佐賀県玄海町にある唐津青翔にそう呼ばれる選手がいると聞きました。
どんな思いで練習をしているのでしょう。野球は楽しいのか。そもそも、寂しくはないのか。
6月下旬のその日は雨でした。3年生の古舘哲平君は、校内の武道館で汗を流していました。
大串郁人監督(22)が転がすボールを丁寧につかんで、投げ返す。うまくいけば、「よしっ」。ミスをすれば、「あー」。声が響きます。
「体を動かすのが好き。試合に出られなくても、楽しく野球をやりたい」
彼の無邪気な笑顔を見ているうちに、僕の心配は吹き飛んでいきました。
昨夏の佐賀大会には単独チームで出場しました。1回戦に3番中堅手で先発し、1安打。ただ試合には敗れ、先輩たちが引退し、1人になってしまいました。
今春、連合チームを組んだ2校はその後、部員が増え、今夏の佐賀大会はそれぞれ単独で出場することになりました。
古舘君にとっては最後の夏。なんとか試合に出してあげたいと大串監督らが奔走しましたが、かないませんでした。
6月上旬、監督から知らされた時は部室で1人、泣いたそうです。それでも練習を休んだのはこの日だけ。仲間の存在が前を向かせてくれたと言います。
古舘君の練習相手は監督だけではありませんでした。これまで、サッカー部の坂本竜児君(3年)がつき合ってきてくれました。今年4月からはマネジャーとして徳田麗(うるは)さん(2年)が部に加わりました。
古舘君は言います。「僕は1人じゃないので」
驚かされたことがもう一つあります。取材に訪れた日、古舘君は美術室に案内してくれました。
「絵を描いていると落ち着くんです」
そう言って筆を執り、カンバスに向かう表情はきりっと引き締まっていました。
カンバスにはバット、グラブ、白いヘルメットなどが丹念に描かれています。
僕も現役を引退後、趣味でカメラを持ち歩くようになり、ちょっとした個展を開いています。僕だから撮れる一枚、僕にしか撮れない一枚がきっとある、と。
野球への思いが伝わってくる古舘君の作品も彼ならではのもの。通じ合うものを感じました。
古舘君は美術部にも籍を置いているそうです。僕らのころだけでなく、いまでも高校球児は野球一筋という考え方が一般的だと思います。
それだけに、兼部というスタイルに、こういう自由な発想があってもいいんだと、とても新鮮さを感じました。
9日、古舘君は佐賀大会の開幕試合で始球式を務めました。野球に打ち込む姿勢が評価されたためで、捕手役にはサッカー部の坂本君を指名したそうです。
「たった1人の野球部員」と出会い、また一つ、新しい世界を教えてもらった気がしています。(斎藤佑樹)