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わざと遠回りした帰り道、悩み吐いて支え合った マネジャーと投手

2022年6月29日11時00分

朝日新聞DIGITAL

 【静岡】6月上旬、磐田西のグラウンド。村松遼太(かなた)さん(3年)は愛用のノックバットを持って構えると、コツンとボールを転がした。「オッケー」。大きく声をあげて山本崇太選手(3年)が捕球する。中学時代は外野手同士だった。今、村松さんはマネジャー兼ノッカーを務め、山本選手は投手になった。

 中学生のとき、2人は同じチームに所属していた。村松さんが中堅手で、山本選手は左翼手。外野手の経験が浅い山本選手に、村松さんがカバーに入ることもしばしばあった。「ありがとう!」「いや、お前のボールだから」。そう文句を言いながら笑い合った。

 しかし村松さんは野球は中学までと決めていた。動脈瘤様骨囊腫(どうみゃくりゅうようこつのうしゅ)を持病として抱えていたからだ。

 村松さんがこの病気を発症したのは2歳のときだ。突然足を引きずるようになり、両親と病院を受診して発覚した。血が止まりにくい体質であることも同時にわかった。何度も手術を繰り返し、定期的な通院も欠かせない。それでも野球は続け、最後の大会では勝利につながる同点適時打も放った。「本当に良い思いができて、野球はおなかいっぱいでした」

 高校では野球から離れ、趣味の音楽を続けるつもりだった。しかし足はグラウンドに向かった。中学時代の仲間が練習している様子を見て、気持ちが変わった。どんな形でも野球に携わりたくなった。「マネジャーをやらせてください」。そう言って入部した。

 山本選手もまた、別の思いで野球部に足を運んでいた。もともとは投手だったが、制球力が足りなかったことからポジションを変え、外野手に移った。投手への思いを捨てきれず、高校でも野球を続けた。

 課題の制球力は高校に入っても変わらなかった。ブルペンでは調子よく投げることができても、マウンドに上がると緊張してしまう。いつ登板できるかわからない状況にも悩んだ。

 2人はいつも一緒に帰り、帰り道ではお互いに悩みを打ち明け合った。「勉強との両立をどうしよう」と山本選手が言えば、村松さんは「今日のノック失敗したな」と愚痴をこぼす。アドバイスはお互いにしない。ただ共感したり、笑い飛ばしたりしながら自転車で20分の道を、遠回りして30分かけて帰った。

 「どっちかがやめたら、もう一方もやめる。でも2人でいたら、絶対できる」。そう信じて2年半、それぞれの場所で野球に向き合ってきた。山本選手は抑え投手としての役割に徹するようになった。エースが速球を投げるなら、自分はタイミングをずらした遅い球で相手に的を絞らせないようにしよう。自分の強みを考え、1イニングでも抑えたいと思っている。

 早朝に誰もいないグラウンドで自主練習をしていた村松さんは、監督からノックを任されるようになった。

 野球に関わるのは高校までと考えている2人。「夏は試合前のシートノックをするのが目標」「登板して自分の思いをぶつけたい」。一緒にグラウンドに立つ最後のチャンスが、すぐそこに迫っている。

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