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育成功労賞に峰山高の市田さん、選手とベンチで対話してアドバイス

2022年6月28日11時00分

朝日新聞DIGITAL

 高校野球の発展と選手育成に貢献した指導者を、日本高校野球連盟と朝日新聞社が表彰する「育成功労賞」に京都府内からは峰山高校の元教諭、市田匡史(まさし)さん(61)が選ばれた。宮津や加悦谷など北部地域の4高校で約32年間、監督や部長として指導してきた。

 旧・加悦町(現・与謝野町)出身。中学から本格的に野球を始めた。進学した地元の加悦谷高校では、1年生の時の夏の大会が終わって3年生が引退すると、部員が10人しかいないほど少人数だった。

 それでも3年夏の大会は4強入り。準々決勝では、5点差を付けられていた試合を終盤に覆してサヨナラ勝ちしたことで、「逆転の加悦谷」と呼ばれた。

 高校時代にお世話になった監督の一人は「愛情のある厳しい人」で、「あの厳しさがないと戦い続けられなかった」と振り返る。

 卒業後は「高校野球の監督」を夢見て、1浪の末、京都教育大に入学。卒業して1989年に宮津高校の教員になると、コーチとして再び高校野球に携わることになった。11年間の在籍中には、監督として糸井嘉男選手(現・阪神タイガース)も指導した。

 初めは指導に厳しさしかなかったという。「監督は嫌われなければあかん」と考えていたからだ。一方で、それでいいのかという思いもあり、試行錯誤もしていた。

 それが、宮津の最後の3年間に担任教師を任されるようになって変わった。日常の会話や面談を通して生徒の気持ちにも耳を傾けるようになった。結果がなかなか出ない選手には昔は叱るだけだったが、何が原因なのか、どんなアドバイスが必要なのか見極めるため、一人ひとりを練習中にベンチに呼んで対話する時間が増えた。

 今でも印象に残る生徒は、2000年から12年まで監督を務めた加悦谷で出会った小柄な投手。ずっと練習試合にも出られなかったが、日々の練習では他の人が「疲れるから」と避ける打撃投手に率先してなってくれた。その努力が実績につながり、最後の夏は背番号「1」を彼に渡した。

 「本人としても、自分が何で野球部に入ったのかわからない時期もあったと思う。それでも最後にエースとして認められ、自信を持ってくれたのがうれしかった」

 西舞鶴や峰山でも野球部の部長を務めた。昨年、高校野球の指導者としては引退したが、変わらずに球児を応援している。

 「今しんどくても乗り越えてほしい。一生懸命やっていれば、いつか『あれが乗り越えられたなら』と自信が生まれると思う」(富永鈴香)

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