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高校野球から学んだこと、今も実践してます…京都の元球児が語る魅力

2022年6月19日18時58分

朝日新聞DIGITAL

 高校スポーツの中でも特に人気の高い高校野球。甲子園の大舞台に進めないチームがほとんどだが、3年弱の経験が後の人生に大きな影響を与えたと語る元球児は多い。7月9日に開幕する第104回全国高校野球選手権京都大会まで約3週間。かつて球場を駆け回り、いま社会の第一線で活躍する3人に、野球で得たことを聞いた。(取材・構成 鵜飼真)

 ■西脇隆俊知事

 小学生のころは野球が主な遊びでした。同級生の男子の半分くらいは野球をしていました。空き地がいっぱいあったから、休みの日に空き地でみんなで。

 野球の魅力は団体競技であるところ。個々の力が弱くても、チーム力で勝てる。洛星高1年の夏の大会では、優勝候補だった大谷高に勝ちました。作戦で勝つだいご味を感じました。

 大けがもしました。高1の秋の大会です。三塁ランナーでホームに滑り込むと、捕手とぶつかり、左脚のお皿の下(ひざ)を痛めて、立てなくなった。父親の車で病院に運ばれて骨折と分かり、そのまま入院です。学校は2カ月、部活は4カ月休みました。

 周りからは「まだやるの」と聞かれましたが、4カ月後に復帰。1カ月くらいは、走ると脚が腫れました。(骨折の影響で)左脚がちょっと短いし、可動域が減りました。

 でも、やめようとは思わなかった。野球が好きだからです。

 修学旅行で北海道へ行ったときも、みんなバットやボールを持参して野球をしました。練習試合のあと、相手チームの打撃投手をやったこともあります。

 私の人格というか背骨は野球で培われたと思っています。西野文雄監督(府高校野球連盟元理事長)から「あいさつをちゃんとしろ」「時間を厳守しろ」「(高3の)最後までやめるな」と繰り返し言われて。これは今も基本です。

 チームワークやピンチに動じない度胸も養われたと思っています。

     ◇

 にしわき・たかとし 1955年、京都市下京区生まれ。洛星高校野球部で内野手と投手を務めた。大卒後は旧建設省(現・国土交通省)に入省して、官房長や国土交通審議官、復興庁事務次官を歴任して退官。2018年の前回知事選で初当選、今年4月に再選した。

 ■月桂冠常務の多胡賢之さん

 北嵯峨高3年の夏の京都大会で、峰山に負けていた七回、1死一、三塁の好機で打席が来ました。

 相手は、翌年に大洋ホエールズ(現・横浜DeNA)にドラフト1位で入った広瀬新太郎投手。監督の卯滝逸夫先生の指示は「スクイズ(のサイン)出さへんから思いっきりいけ」。内角球を強振したら、どん詰まりの球が転がって一、二塁間を抜いた。ベンチでみんなが喜んでいるのを見たときはうれしかった。

 信頼して(仕事を)任せ、結果を共有する喜びはその後に知りました。

 卒業して7年後に後輩が夏の甲子園に初出場して勝ちました。アルプススタンドで一緒に校歌を歌ったのも、うれしい思い出です。

 ピンチになるほどゆっくり話す卯滝先生の話し方も、自分のリズムにもなっています。適度な間を入れて話すことで説得力が増し、よく伝わる。私が歩んできた営業畑でもピンチはありましたが、礼を尽くして丁寧に話せば、解決の糸口が見つかりました。

 長時間の練習はしんどかった。けど、レギュラーになれるかどうかの当落線上にいると感じていて、「必ずレギュラーに」という気持ちの方が強かった。

 目標は同じでも、野球はポジションによって役割が違う。それぞれの立場を尊重し、責任を持つ。それは製造や経営、営業などの部門がある弊社も同じです。

 そして、苦楽をともにした恩師、先輩、後輩ら仲間の存在は、今も私の心の中にあります。

     ◇

 たご・まさゆき 1962年、京都市右京区生まれ。北嵯峨高校で野球部。3年生の夏の京都大会は7番、レフトで出場した。大卒後は「地元の企業に」と月桂冠に入社して、広域流通部長や営業推進部長などを歴任。2020年6月から常務取締役。

 ■積水ハウスの仲井嘉浩社長

 洛星高の野球部に入部した1年の時点で2、3年生が計8人のチームでした。限られた戦力で戦術を駆使して、いかに強豪を倒すかを常に考えていました。

 2年の秋、主将になりました。練習試合だったと思いますがスクイズのサインが出た。打てる自信があり、サインに従わず打ったらセンターオーバーの三塁打。点は入ったが西野文雄監督(府高校野球連盟元理事長)にこっぴどく叱られました。

 主将はどういう態度を示さなければならないか。監督と主将のベクトルが合ってないとチームは崩壊してしまう。監督の戦術、戦略をチームに浸透させるのが主将の役割――。組織論の教訓として胸に残っています。

 西野監督の口癖は「黙々と」と「やりきる力」でした。練習の50メートルダッシュでも、最後まで全力で走るかを見ていました。能力だけでなく、逃げない人間かどうかも大事だと教わりました。

 高校3年間の一番の思い出は、最後の夏の大会。初戦ではホームランを打ちました。公式戦で唯一の本塁打でした。準決勝まで進み、その大会で優勝した東山と対戦して、延長十一回の末、サヨナラ負けしました。悔しかったけれど、全部を出し切れたと思っています。

 リーダーは、自らが一番頑張っているところを見せなくてはいけない。野球では、レギュラーがグラウンド整備するのが当たり前。今も実践して一番働いているつもりです。

     ◇

 なかい・よしひろ 1965年、京都市山科区生まれ。洛星高校で野球部。大卒後、88年に「地球上に残るものを」と積水ハウスに入社。営業時代に関西の都市開発を担当。経営企画部長などを経て2018年2月から社長。男性社員の育児休業取得に力を入れている。

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