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全国初の連合チーム作りへ高野連説得 経験ゼロだった高知の野球部長

2022年6月16日15時10分

朝日新聞DIGITAL

 高校野球の発展に貢献した人を、高知県高校野球連盟が表彰する「育成功労賞」に、元県高野連副理事長の原田昌人さん(61)と審判委員歴30年の浅野祐一さん(68)が選ばれた。(蜷川大介)

 ■元副理事長 原田昌人さん(61)

 野球選手の経験はない。高校時代は実家のバイク屋の手伝いと空手に励んだ。

 高校野球との出会いは、1991年に教師として赴任した高知西。頼まれて部長に就くと、チームが快進撃。四国大会で大敗した借りを返そうと、その後も意地になって部長を続けた。

 96年に統廃合方針が決まっていた高岡高校宇佐分校、97年には同じ敷地に新設された高知海洋の部長に就いた。宇佐と海洋は、ともに部員不足でチームを組めずにいた。日本高野連や県教委を説得して97年夏、全国初の連合チーム「宇佐海洋」が誕生した。

 2000年ごろからは県高野連役員として事務のIT化も進めた。選手登録や大会申し込みをネット経由で一元化し、クラウドを使って誰でもどこからでも入力できる会計システムを構築。高知大理学部生時代からコンピューターに触れていたことが役立った。

 選手経験がないなか、30年間も高校野球に携わった理由は二つ。一つは「連合チームが様々な方の協力で実現したことへの恩返し」。もう一つは「高校野球界の課題をクリアできれば、教育界の課題解決にもつながるはず」との思いだ。

 門外漢が運営に加わってこそ、第三者的な視点から課題を見つけ、解決しようとするエネルギーを得られると思っている。

 ■審判委員 浅野祐一さん(68)

 甲子園を駆ける白いユニホームに憧れ、土佐高に入るとすぐに野球部の門をたたいた。野球を本格的に始めたのは高校入学後。当時暮らした梼原町の中学には野球部がなかったからだ。

 高3の夏の大会では一塁手。高知・徳島の2県から1代表を選ぶ南四国大会決勝で高知商に敗れ、甲子園には一度も行けなかった。選手として完全燃焼したと感じ、受験をして慶応大学法学部に進んだ。

 四国銀行に就職後、恩返しのため母校の野球部を手伝った。練習試合の審判を務めるうち、籠尾良雄監督(故人)から「県高野連に審判部を創設する話が進みゆう。審判講習会に参加してくれ」と言われた。恩人の頼みだ。高知や高知工のOBと参加し、1980年発足の審判部を支えた。

 県外勤務の時期を除き、審判委員を務めてきた。「選手が成長しながら毎年入れ替わり、一生懸命プレーしているところが高校野球の魅力だと思う」

 52歳の時に講習会で甲子園の土を踏んだ。常にニュートラルな気持ちで判定することを心がけ、今年で審判委員として30回目の夏を迎える。

 「プレーでかなわないと思っても、自分の役割をみつけて貫くこと。その経験は人生の糧になる」。自らと重ね合わせ、球児たちにそう伝えたい。

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