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「何が何でも甲子園」でなくてもいい 56歳監督がたどり着いた指導

2022年6月7日10時00分

朝日新聞DIGITAL

 日本高野連と朝日新聞社が高校野球の発展に尽力した指導者に贈る「育成功労賞」に、徳島県立つるぎ高校(つるぎ町)の福永禎夫監督(56)が選ばれた。かつては甲子園を目指して「上意下達」で選手に猛練習を課したが、自身が年齢を重ね、対話型の指導法に変わってきたという。

 つるぎは2014年に貞光工と美馬商が統合して開校したが、野球部の練習場は右翼が約50メートルしかない変形グラウンドだ。ソフトボール部も一緒に使っており、普段は内野のノックがせいぜい。「こんな環境でも野球をしたいという選手たちを私はリスペクトしています」と福永さん。

 部員は現在15人。夏の大会後に3年生7人が引退すると、試合ができる9人がそろわなくなるが、「いつものこと」。学業第一・全員の国家資格取得を掲げ、平日の練習は2時間だ。

 北島町出身。幼い頃から甲子園に憧れ、城ノ内高では内野手だったが、3年夏は準々決勝で敗退。「監督として甲子園を目指そう」と徳島大卒業後に教職の道へ。鳴門工(現・鳴門渦潮)副部長を経て、1996年に赴任した阿南工(現・阿南光)では、部長・監督を計11年務めた。

 当時の練習は連日のように午後9時過ぎまで。「グラウンドでは監督の指示は絶対」と、試合に負けると日付が変わるまで練習を続けさせたこともあった。春の県大会で2年連続4強入りするなど力をつけたが、甲子園には届かなかった。「私の勝ちたいという気持ちが強過ぎて、焦って投手を代えるなど、采配ミスで負けた試合は今も忘れられない」と振り返る。

 「人生の95%まで野球」という日々が続いたが、転勤や結婚をきっかけに指導の一線から一時離れた。つるぎで再び監督となったのは17年春。以前とは指導法が変わった。

 「年齢とともに肩の力が抜け、子育ても経験し、気持ちにゆとりが出てきたからでしょうか」と笑う。定期的に選手と面談を繰り返し、悩みや考えに耳を傾けるようになった。

 19年に「脱丸刈り宣言」をしたのも、「丸刈りを止めれば部員が増えるかも」との声を尊重したからだ。試合中に「守備のシフトどうする?」と選手に意見を求めることもあるという。その一方、「高校野球の目的は人間教育」としてグラウンドでのあいさつや所作、身なりにはこだわる。

 18年春に開校以来の公式戦初勝利を挙げると、19年は待望の夏1勝。昨年8月の県新人西部ブロック大会では川島、池田を破って優勝するなど、少人数でも毎年好チームを作り上げてきた。

 「中学時代は補欠だったり、高校から野球を始めたりした選手が一生懸命努力して、大会で安打を打つ。ああよかった、と胸が熱くなる」。そして、「すべてのチームが『何が何でも甲子園』でなくてもいい。真剣に野球を楽しむ。これはこれでいいかな、と」。指導者歴が四半世紀となった福永さんがたどりついた今の思いだ。(中谷和司)

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