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甲子園連覇のレジェンド、やっと見送れた 小倉高後輩が追悼試合

2022年5月21日21時30分

朝日新聞DIGITAL

 夏の甲子園の「深紅の大優勝旗」を九州に初めてもたらし、2連覇も果たした小倉高(北九州市)のメンバーが、この数年で相次いで世を去った。コロナ禍で葬儀に参列できなかった後輩らが21日、同高でしのぶ会と追悼試合を開いた。

 小倉高(旧制小倉中)は、戦後2回目の開催となった1947年の第29回全国中等学校優勝野球大会で、岐阜商との決勝を過去最短の1時間12分で制し、初優勝。翌48年の第30回全国高校野球選手権大会では、エースの福嶋一雄さんが桐蔭(和歌山)との決勝を含む全5試合を完封する金字塔を打ち立てた。

 福嶋さんは甲子園の土を最初に持ち帰った球児の1人とも言われ、野球殿堂入りし、2020年8月に89歳で死去した。29回大会の主将で三塁手の宮崎康之さんはのちに早大野球部監督などを務め、19年8月に88歳で死去。30回大会の主将で捕手の原勝彦さんは89歳で、一塁手の香野康彦さんは88歳で亡くなった。小倉高野球部OB会「愛宕クラブ」(篠田義昭会長)の幹事長、瀧満さん(64)は「戦後の高校野球を盛り上げて年中行事にするきっかけを作ったレジェンドの先輩なのに、お別れもできずじくじたる思いがあった」。

 しのぶ会には、2連覇をたたえる「ああ栄冠はわれに輝く」記念碑前のグラウンドにOBや遺族、現役部員、保護者ら100人余りが参列。2連覇した48年に初めて使われた大会歌「栄冠は君に輝く」が流れる中、6人の遺影に献花した。

 追悼試合は、60年に小倉高から分かれた小倉商と対戦。始球式を務めた香野さんの長男、昌彦さん(59)は「父が活動していたグラウンドに初めて立てて感慨深い」。香野さんは大学時代に病気で野球の道を絶たれ、福嶋さんに「野球のことは全部任せた」と告げて野球の話をしなくなったが、晩年は優勝を果たした時の思い出などを話してくれたという。

 近くの同窓生も観戦に訪れた。晩年の福嶋さんと原さんからサインをもらった森下実さん(89)は、選手らが優勝パレードで練り歩いた小倉駅前の商店街の盛り上がりを忘れられないという。小学生時代に親戚に連れられて福嶋さんの投球を見に行った中村直好さん(86)は、福嶋さんを「ヒーローです」と言う。

 追悼試合は序盤から小倉商がリードし、6―3で勝利した。小倉高主将の佐藤優羽(ゆうわ)遊撃手(3年)は「先輩方のお陰で伝統の野球部がある。戦争で甲子園をめざせなかった時代もあり、恵まれている環境に感謝して、遠のいている甲子園の切符を先輩方のためにも届けたい」と誓った。

 福嶋さんの次男で、自身も小倉高野球部OBの義雄さん(53)は「父は『勝利は皆で勝ち取ったもの。自分一人の功績ではない』と言っていた。メンバーのみなさんと一緒に見送っていただき、父もありがたいと思っているはず」と話した。(上月英興)

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