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やまびこ打線の池田、選抜準V導いた「池高階段」 地形に秘密あり?

2022年3月26日15時13分

朝日新聞DIGITAL

 山々に囲まれた谷に、吉野川が身をくねらせる。谷間にあるわずかな平地に家や学校が並び、白球を打つ心地よい音が響く。

 徳島県三好市の池田高校。1974年、わずか11人の部員で選抜高校野球大会に初出場し、準優勝をもぎ取った。80年代には夏春連覇を達成。強力な打撃は「やまびこ打線」と恐れられた。

 地方の山あいの公立高校が、なぜ強豪校の仲間入りを果たせたのか。高校野球を代表する名将の一人、蔦(つた)文也監督の指導力もあっただろうが、池田を取り巻く地形も大きく関わっていた。

 池田町の市街地は、商店街や駅のある「マチ」などの平地と、池田高校がある高台「ウヱノ」に地区が分けられる。高台はマチ側から見ると、20~30メートルほどの崖状の急斜面になっている。

 実はこの高台、中央構造線の断層が2万~3万年かけて生んだものだ。断層が動いた際に地盤が少しずつ上昇し、高台になった。崖状の急斜面には今も断層が通り、町を貫いている。

 マチから高台の高校に通うには、通称「池高階段」と呼ばれる学校の正面にある100段超の階段を上らなければならない。高校のすぐそばには小中学校があり、最長12年間、高台の上に通うことになる。

 選抜準優勝時の主将の森本秀明さん(65)によると、「さわやかイレブン」と呼ばれた当時の部員11人のうち半分ほどが地元出身だった。練習でこの階段を100往復走るメニューもあったという。

 この階段を上り続けたのが、当時の強さの秘密かと尋ねると、森本さんは「階段より、もっときつい練習があった」と明かした。

 一つは、地元OBらによる千本ノック。文字どおり、本当に千本まで終わらないのだという。

 もう一つが、近くの山の上まで走るトレーニングだ。森本さんらが経験したのは、高校からマチを抜け、その先の山の上まで行って帰ってくるというもの。距離は往復で3~4キロほどだが、激しい高低差で相当苦しかったという。

 高校裏の吉野川にダムができてからは、ダムを渡った先の西山を駆け上がる、通称「西山登り」というトレーニングが定番化した。夏春連覇を成し遂げた世代をはじめ、多くの池高球児を苦しめ、鍛えたという。

 近年は、短距離の走力アップを重視し、高校の西にある高台の公園につながる約150メートルの坂を一気に駆け上がる。これを日々の練習で10回繰り返す。

 こうした周辺の山や高台も、多くは中央構造線が造り出したものだ。西山は讃岐山脈の一部で、中央構造線が動いた際に隆起したもの。近年よく使っている高台も、断層の活動で隆起した台地だ。

 池高階段だけでなく、中央構造線によってできたダイナミックな池田の地形全体が、自然のトレーニング場として球児の基礎体力を作ってきた。

 地元出身の五島蒼太君(1年)は、学校前の坂を上り続けて4年目になる。「最初はきつかったけど、もう慣れました」

 池田高校が最後に甲子園に出たのは、2014年春。再び甲子園に池田の名をとどろかせるのが、五島君の目標だ。池高球児は目標に続く階段を一歩ずつ上っている。(木下広大)

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