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広陵野球は「タテよりヨコ」 選抜出場、土壇場で生きたフラット化

2022年2月15日09時30分

朝日新聞DIGITAL

 3月18日開幕の第94回選抜高校野球大会に広島県から出場する広陵。1911年に創部し、春夏合わせて甲子園で優勝3回、準優勝7回を誇る伝統校は、どのようにチームをアップデートしてきたのか。

 広島市安佐南区の広々としたグラウンド。広陵の練習は、なぜかあちこちから話し声が聞こえてくる。

 「外角を打つにはどうしたらいい?」。2年生部員が1年生にコツを尋ねていた。ノックを受ける2年生には後輩たちからも「いいね」と声がかかる。厳しさの中に、どこかうち解けた雰囲気が漂う。

 重視するのはタテよりヨコの関係だ。フラットな組織の強みは、あの土壇場で生かされた。

 昨年9月、広島県総合グランド(広島市西区)で開かれた県大会準々決勝。盈進とのシーソーゲームは、4―5とされて九回を迎えた。点が取れなければ、中国大会出場のチャンスは消える。

 「誰が行くんや」。この回の先頭に代打を送るため、監督の中井哲之はベンチに声をかけた。「自分が行きます」。すかさず返したのは主将の川瀬虎太朗(こたろう)(2年)だった。

 「塁に出て後ろにつなぐ」。そう念じて臨んだ打席。捉えた5球目は左翼ポールに当たる本塁打となった。広陵はさらに1点を加え、逆転で勝利した。

 遊撃の守備に定評のある川瀬だが、悩みは打撃だった。「どういう意識でバットを振ったらいいかな」。県大会前、相談したのは後輩の真鍋慧(けいた)。1年生ながら4番を任されている。「もっとボールの内側をたたくような意識をもって」。真鍋に言われ、体にしみつくまで練習した。

 それが、あのピンチでの一振りにつながった。

     ◇

 1990年、27歳で母校の監督に就いた中井が意識したのは「垣根」をなくすことだった。

 選手たちが自分で考え、監督のサインがなくても走り、相手の動きを予測して守る――。自主性を重んじるのが広陵野球の伝統だ。一方で、自身の高校時代には上下関係の不条理も感じていた。下級生が萎縮し、それが悪い形でプレーに現れることもあった。

 監督と部員、上級生と下級生、レギュラーと控え……。いろいろな垣根をどうなくしていくか。寮で一緒に食事をとりながら、できるだけ部員たちと話すようにした。部員中心のミーティングの時間を設け、練習では学年に関係なく教え合うよう促した。

 フラットな組織づくりは、ベンチ入りメンバーの決め方にも及ぶ。大会が近づくと、部員たちにチームの代表と思える選手を投票してもらい、絞り込んでいく。部員が努力している姿を一番近くで見ているのは部員。そんな考えが根っこにある。

 中井はこう力を込める。「家族や兄弟みたいだから、お互いが本気でぶつかりあえる。みんなが真剣に考え、目標に向かってがんばれる」

     ◇

 エースの森山陽一朗(2年)は、肩のけがもあって県大会まで背番号が「20」だった。

 復活までの日々を支えたのは、飯田凜大郎(りんたろう)(2年)ら控えの投手たち。厳しい下半身のトレーニングをともにし、アドバイスしながら「気持ちで負けるな」と森山を奮い立たせた。「エースになれたのも、試合に勝てたのも、控えの力があったから」。こう言い切る森山は、背番号「1」をつけて中国大会のマウンドに立ちつづけた。

 そして迎えた昨年11月の神宮大会。広陵は初戦で明秀日立(茨城)、準決勝で花巻東(岩手)を破り、広島勢として初めて決勝に進んだ。だが、最後に強豪の大阪桐蔭が立ちはだかった。7―11。体格差は打球の強さに表れ、守りのミスも目立った。

 「同じ相手に二度も負けられない」。主将の川瀬を中心に、大阪桐蔭との実力差をどう埋めていくかを話し合った。ベースランニングなどの基本練習から見直し、ウェートトレーニングや食事で体づくりも本格化させた。

 「正解はわからない」と前置きしつつ、川瀬は自信を持って言った。「100人近い部員がいるから、100通りの意見が聞ける」=敬称略(松尾葉奈)

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