スポブルアプリをダウンロードしよう

  • Sportsbull Android App
  • Sportsbull iOs App

すべて無料のスポーツニュース&動画アプリの決定版!

QRコードを読み込んでダウンロード

Sportsbull QRCode

「雲の上」甲子園、審判でデビュー 元球児の佐賀市職員

2021年8月28日09時00分 朝日新聞デジタル

 佐賀市役所職員の広瀬央(おう)さん(43)が、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で開催中の第103回全国高校野球選手権で計3試合、塁審を務めた。高校時代は雲の上の存在だった甲子園。40歳を過ぎてからの「デビュー」となった。

 広瀬さんは市上下水道局の下水道工務課で市民のためのインフラ整備に携わっている。佐賀県公式野球審判協会所属で審判員もしており、高校野球の審判歴は13年。今年は佐賀大会で決勝戦の球審も務めた。その審判技術や人柄が評価されて今回、全国8都県の高野連から甲子園に派遣される8人の審判の一人に初めて選ばれた。

 甲子園デビューは大会初日の第2試合、新田(愛媛)―静岡(静岡)。二塁の塁審だった。

 二回裏、先頭打者の打球が右翼へ。広瀬さんは右翼手が捕球するのをしっかりと見届けて「アウト」と右手をあげた。甲子園での初めての判定だった。試合終了後、広瀬さんは「初めは緊張したが、しっかりジャッジできて、ほっとした」と話した。

 小学3年から野球を始め、高校時代は長崎県佐世保市の県立佐世保南の野球部員だった。ただ、強豪ではなく、甲子園は「雲の上の存在だった」という。長崎県内の大学を卒業後、大好きな野球関係の仕事に携わりたいと、福岡市のスポーツ店に就職。2年ほど勤めたあと、両親の出身地佐賀県に移住し、佐賀市役所の職員となった。

 市役所でも野球部に所属。2007年、当時の職場の上司が審判をしていたことがきっかけで興味を持ち、審判を始めたという。

 高校野球で球審を初めて務めたのは練習試合だった。その試合で打者が振ったバットが捕手のミットに当たり、ミットが前方に転がった。打撃妨害を宣告しないといけないのに、「固まってしまった」。このほろ苦い経験以来、起こりうる様々なことを想像し、想定外がないように心がけてきた。

 それでも、甲子園で審判を務める最初の試合前は、緊張のあまりじっとしていられず、鏡に向かって「アウト」「セーフ」のジェスチャーを繰り返した。

 天候不良で試合の順延が相次ぐ中も、ホテルの部屋でイメージトレーニングを繰り返し、他の審判たちと意見交換をして集中力を高めた。その結果、試合を重ねるごとに落ち着いて判定することができたという。

 「雲の上の存在」だった甲子園での審判としての計3試合は「あっという間だった」。新型コロナの影響もあり、2週間の滞在は、球場とホテルだけだったが、広瀬さんは「これほど野球のことしか考えなかったのは人生で初めてだった」と振り返る。

 今回の派遣を通じて「やることは変わらないと感じた。ただ試合をスムーズかつスピーディーにという意識が強くなった」という。「審判の試合進行のリズムから選手たちにいいプレーが生まれるから」

 予定されていた3試合を終えた翌日、佐賀に戻った。「甲子園で経験したことを行動で示し、審判だけでなく選手たちにも伝えていきたい」(大村久)

関連記事

アクセスランキング

注目の動画

一覧へ