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県勢の勝率最下位、脱出に挑んだ 日大山形の奮闘に希望

2021年8月26日11時06分 朝日新聞デジタル

 (24日、高校野球選手権大会 石見智翠館5-4日大山形)

 夏の甲子園で開幕試合に勝利し、8年ぶりに16強入りを果たした日大山形。長雨で日程が大幅にずれ、コロナ下で辞退するチームも相次いだ。難しい調整のなか、石見智翠館(島根)との白熱した3回戦でサヨナラ負けを喫したものの、歴史に挑む夏になった。

 「歴史に挑めるチャンスはそんなに多くない。チャレンジしよう」

 21日にあった埼玉の強豪・浦和学院との2回戦の前日、大阪市内の宿舎で、荒木準也監督(49)は選手たちに何度も呼びかけた。

 これまで山形県勢が夏の甲子園で決勝に進んだことはなく、優勝旗の「白河越え」は東北全体の悲願でもある。浦和との一戦は、甲子園で乗り越えなければならない大きな壁の一つだった。

 8月上旬、チームのもとに、オリジナルの応援Tシャツが届いた。贈ったのはヤクルトの奥村展征選手(26)と阪神の中野拓夢選手(25)。8年前、日大山形のメンバーとして県勢初の4強入りを果たした2人だ。その記録は今も破られていない。

 当時からチームを率いる荒木監督は「奥村、中野が二遊間をどっしり守るチームだった」と言う。

 今のチームで二遊間を守る新田大樹君(3年)と大場陽南斗君(2年)は、山形大会での失策は0。Tシャツを着た新田君は「偉大な先輩たち。でも、歴史を変えるために挑まないと」と話した。

 受け継いだ堅守は甲子園でも輝いた。浦和戦では左翼手の伊藤翔海君(3年)が大飛球を背走キャッチ。1点差の接戦をものにした。

 次の3回戦は、文字どおり「歴史」がかかった一戦だった。夏の甲子園での県勢の勝率は、都道府県別で全国最低に沈む。1980年代には「なぜ山形はこんなに弱いのか」と県議会で議論になったほどだ。

 ここで勝てば、すでに敗退が決まっていた北海道勢を抜いて、最下位からの脱出がかなうはずだった。石見智翠館戦では七回に一時逆転する粘りを見せたが、新たな歴史は来年に持ち越された。

 地元出身者が大半を占める日大山形では、卒業後も山形に残って野球に携わろうという選手が多い。新田君は「柔道整復師になってけがに苦しむ選手を助けたい」。佐藤拓斗主将(3年)は「野球の指導者になって、甲子園で学んだ経験を伝えたい」。夏を終えても、山形勢の挑戦は続く。(福岡龍一郎)

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