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苦楽を味わった父との練習 親元離れた息子への褒め言葉

2021年8月24日13時32分 朝日新聞デジタル

 第103回全国高校野球選手権大会で、明豊(大分)は初戦で敗退した。その夜、川崎絢平監督は最後のミーティングで、コロナ下で野球ができるありがたさを語り、選手に語りかけた。「当たり前ではない。特に今は。みんな苦しい中でお金を出してくれた。今後の行動で感謝を示してほしい」。選手と親。二人三脚でともに歩んできた家族の話を紹介する。

     ◇

 それは忘れもしない、8歳の誕生日だった。父親から真新しいグローブが贈られた。少年は思った。「お父さんとキャッチボールができて楽しいな」

 少年は、明豊の右翼手山本晃也(てるや)選手(3年)。だが、その日から始まった父との二人三脚は、バッティングや守備の基礎練習が来る日も来る日も続いた。小学6年まで野球チームに所属せず、自営業で時間の自由がきく父と、自宅で毎日2~3時間は猛練習をしたという。さながら「平成版巨人の星」だった。

 父賀一(よしかず)さん(59)=山口県下関市=は広島県の崇徳高校で甲子園出場を夢見た球児だった。だが、高校2年の時にひじや腰を痛め、かなわなかった。「ある意味、私の夢を息子に託したのかもしれない」と語る。

 山本選手は当時を振り返り、「最初は本当に、お父さんとキャッチボールができて楽しかったんですが。そのうち苦行になってきました」と苦笑いする。だが、父と培った基礎技術は裏切らなかった。中学生になって所属した山口県の「高川学園リトルシニア」で花開き、3年の時には東アジア大会に出場した。高校も高川学園に進学するものと両親は思っていた。

 「明豊に行きたい」と言い出したのは、山本選手だった。小学生の時、賀一さんに連れられて行った東亜大(下関市)で、一緒にランニングやキャッチボールをしてくれていた野球部員に明豊出身者がいて、甲子園に行きたいなら明豊がいいと言われていたという。

 甲子園で上位進出の常連校。賀一さんは「レギュラーになれるとは思ってなかった」と明かす。だが、山本選手は寮生活をしながらさらに力をつけてレギュラーを勝ち取り、今春の選抜では準優勝した。

 最後の夏。初戦の専大松戸戦では5番右翼手としてフル出場した。「堅守の明豊」の評判通り無失策で投手を支えたが、日本一という目標はかなわなかった。

 試合後、大阪府豊中市の宿舎前で、保護者と選手が顔を合わせた。コロナ対策で、負けるまでは保護者でも選手には会えなかった。賀一さんは、山本選手の肩をポンポンとたたきながら言った。「お疲れさん」。それまで我慢していたのか、山本選手は大粒の涙を流したという。

 賀一さんは「試合には負けたけど、一生懸命やってる姿が見られた。ありがとうと言いたい」と話した。

 山本選手の一番下の弟で、小学5年の晟未(まさみ)君(10)もいま、兄にあこがれて、チームに所属することなく、賀一さんとの練習に励む。山本選手は「弟には、ほどほどにお願いしたいですね」と笑う。賀一さんも「晟未には、スパルタではなく、楽しい野球を教えてます」と話した。(倉富竜太)

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