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彼女たちの甲子園 白球と夢を追いかけた夏

2021年8月21日16時00分

朝日新聞DIGITAL

 高校野球の聖地・甲子園。男子だけではなく、女子の野球部員たちにとっても、あこがれの場所だ。今夏、その甲子園に挑む扉が女子野球部員たちにも開かれた。

 女子の高校野球日本一を決める全国高校女子硬式野球選手権大会の決勝戦が23日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開かれる。今まで甲子園のグラウンドに立ちたくても立てなかった女子野球部員たちにとって、「夢」だった場所が具体的な「目標」と言える場所に変わった夏。それぞれの思いを胸に挑む姿を追った。

 7月中旬。梅雨明けの青空が広がる履正社高校(大阪府豊中市)女子野球部の練習グラウンド。

 「元気出していこう!」 主将の花本(はなもと)穂乃佳(ほのか)さん(3年)の声出しを合図に、一列に並んだ部員たちが一斉に守備練習に駆け出していった。仲間の好プレーに、笑顔がはじける。

 「本当に楽しそうに野球をするんですよ」

 同部の橘田(きった)恵監督は目を細める。

 花本さんが野球を始めたのは小学生の時。父がコーチを務め、兄も入っていたチームに遊びに行くうち、自分も自然とユニホームを着ていた。

 「全員で勝った瞬間の喜びとか練習が終わった後の達成感が魅力でした」

 そんな花本さんが小さい時から夏休みになるとテレビで見ていたのが、甲子園球場で行われる全国高校野球選手権大会だった。スタンドを埋める大勢の観客、球場を揺らす応援の演奏、全国に放送されるテレビ中継――。花本さんにとって全てが「輝いている場所」だった。

 ある夏、テレビ中継を見ていた時に「自分はあそこに立ちたいから(野球を)頑張る」と話をしたところ、父からは「女の子は出られない」と告げられた。

 「すごいショックでした。自分の野球人生では立つことがない場所なんだと思っていた」

 それが変わったのが、今年4月末だった。男子の全国高校野球選手権大会の準々決勝翌日の休養日に、甲子園球場で女子大会の決勝戦を開くことが発表された。

 「ずっと夢だった。自分が立っている姿を想像するだけでワクワクするし、何としてでも立ちたいと思いました」

 履正社高校女子野球部には、全国から部員が集まる。沖縄出身の仲松望友(みゆう)さん(3年)もその1人だ。親元を離れ、寮生活を送る。

 中学3年のとき、進路をどうするか迷っていた。小学校の時から男子に交じって軟式野球をしていた仲松さん。高校でも野球を続けたかったが、当時、沖縄県内には女子の野球部がなかった。「お母さんはずっと野球をする私を応援してくれていた。沖縄から離れても全力でがんばっている姿を見せられたら」。決心して、単身、履正社高校の門をくぐった。

 入部当初は野球ができる楽しさが勝っていたけれど、数カ月が経つと次第に寂しさがこみ上げてきた。そして、母の大切さにも改めて気づかされた。母とは時々、長電話をする。「2時間くらい、夜遅くまで付き合ってもらっています」とはにかむ。

 寮生活で外出や晩ご飯の時間が決まっている中で部活動と勉強をこなし、15分でも空き時間ができれば近くの公園で素振りをしてきた。一日の時間が足りないと思うこともしばしばだ。

 「応援してもらってがんばろうって思えたから続けてこられた。甲子園に立つ姿を親に見せたい」

 野球部を率いる橘田監督は、甲子園での決勝戦の開催について、「自分が高校生の時からすると考えられないこと」と話す。

 小学生で軟式野球を始め、中学ではソフトボールに打ち込んだ。高校でまた野球をやりたいと思ったが、女子の野球部は当時、全国でもほとんどなかった。地元の高校に進学し、男子の部員に交じって野球を続ける道を選んだ。

 しかし、一筋縄ではいかなかった。正式な部員ではなく練習生という位置づけでの入部。男子と一緒の内野ノックは危険だからということで参加できなかった。

 「体格差やスピード感。前例もなかったし。甲子園はすごく遠い存在で、自分は立つことはない。現実を目の当たりにしました」

 橘田監督には、忘れられない新聞記事がある。1998年7月の朝日新聞夕刊。見出しには「野球少女の夢 米であす開く」とあり、アメリカで女子野球リーグが開幕し、2人の日本人女性選手がリーグに参加することを伝えていた。

 「目標ができた。そこを目指したい。硬式野球をやってる意味もできた」

 その後、大学進学を経て、オーストラリアに野球留学を果たした。

 14年から履正社高校の監督に就任。自身の高校時代を思い返し、「まさか自分が女子野球選手を毎日見る環境にいると思っていなかった」と話す。補欠選手の気持ち、目標がないことの難しさ。指導者という立場になったとき、高校の時のあの経験が生きていると実感する。

 橘田監督は「(女子が)甲子園の舞台に立てる機会は、私が野球を続けようと思った記事以上にインパクトのある出来事。これからの子たちにも大きな一歩だし、履正社の子らが立っている姿を見たいなって思います」と期待を込めた。

 それぞれの思いを胸に挑む甲子園。その切符をかけた大会が7月24日、兵庫県丹波市の2球場で始まった。

 履正社高校は、初戦を突破。迎えた29日の三回戦は、三回に先制点を挙げるも逆転され、六回には1点差まで詰め寄ったが、七回に1点を許して突き放される苦しい展開となった。

 2点を追う最終回、七回裏の履正社の攻撃。2死走者無しで花本さんが打席に向かい、ベンチでは仲間が祈るようにその背中を見つめていた。フルカウントから振り抜いた打球は、大きな弧を描き、センター方向へ。一瞬、大きな歓声があがるも、ボールは中堅手のグラブに収まった。

 「夢のまま終わってしまった」(花本さん)

 試合終了のあいさつが終わると、ベンチで涙をぬぐった。

 試合後のミーティング。花本さんは、55人の部員を前に、「甲子園という場所にはいけなかったけど、みんなとこうして最高の思い出を作れた。それが一番うれしいです」と話した。

 野球を続けてきて良かった――。そう思えた夏だった。(白井伸洋)

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