スポブルアプリをダウンロードしよう

  • Sportsbull Android App
  • Sportsbull iOs App

すべて無料のスポーツニュース&動画アプリの決定版!

QRコードを読み込んでダウンロード

Sportsbull QRCode

原発事故に翻弄…出会えた野球と友 日大東北エースの夏

2021年8月20日19時44分 朝日新聞デジタル

 (20日、高校野球選手権大会 近江8-2日大東北)

 日大東北(福島)は近江(滋賀)と対戦し、2―8で敗れた。エース・吉田達也君(3年)は東京電力福島第一原発のある大熊町出身。事故後に住まいを転々とし、友達と離ればなれになるさみしさの中、野球の楽しさを知り、夢中になれた。「いろいろな人との出会いがあって、いまの自分がある」。打球が足にあたって降板するアクシデントに見舞われたが、感謝の気持ちを込めて戦い抜いた。

 10年前の原発事故では大熊町の全域に避難指示が出された。小学1年生だった吉田君は「どうしてこれに乗るんだろう」と困惑したまま自衛隊の車に家族と乗り込み、西に40キロの田村市の体育館へ避難。その後、さらに西に60キロの会津若松市内のアパートに移った。

 廃校になった小学校の校舎を間借りして授業が再開したが、避難を機に転校した友達も多く、「みんな仲が良かったので寂しかった」。そんな時に始めたのが野球だった。避難先で活動を再開した大熊町の少年チームに入部。仲間と朝から晩まで白球を追った。選手が足りず、避難先のチームと連合チームを組んで大会に出たこともあったが、その分、出会いも増えた。

 小学4年のころ、6歳上の兄・健人(たけと)さん(23)が日大東北に進学するのにあわせ、家族で同校のある郡山市に移った。強肩の捕手だった健人さんは2年続けて夏の福島大会決勝に進んだが、いずれも敗退。「お兄ちゃんがダメなら自分が日大東北で甲子園に行く」と日大東北を選び、エースとして夢の舞台に立った。

 20日の試合。吉田君は降雨ノーゲームとなった19日に続いて先発登板した。だが、初回に相手打者の鋭い打球が右足を直撃。痛みは消えず、わずか3球で無念の降板となった。

 「勝って次の試合で吉田を投げさせよう」。そう声をかけ合う仲間たち。吉田君は三塁コーチに立ち、一緒に戦い続けたが、チームは敗れた。松川侑矢・主将(3年)は「吉田がいなかったら、この舞台に立てていない」と感謝の思いを口にした。「本当に最高の舞台でした」。吉田君は甲子園のマウンドを振り返り、力強く答えた。(福地慶太郎)

関連記事

アクセスランキング

注目の動画

一覧へ