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甲子園で成長 強豪めざす古豪 熊本工の夏を振り返る

2021年8月18日09時00分 朝日新聞デジタル

 2大会連続(中止となった昨夏を挟む)で22回目の夏の甲子園に臨んだ熊本工。コロナ禍による制約に加え、雨天順延が続いた異例の大会だったが、そんな逆境下でもチームがめざしてきた「粘り強さ」を発揮する姿があった。選手らの夏を振り返る。

 5日に関西入りしたチームは雨でグラウンドを使った守備練習ができず、室内施設での打撃練習などを続けて士気を保った。その間に、地元が記録的な大雨に見舞われた選手もいた。「早く試合がしたい」「家族が心配」。選手たちはオンライン形式の取材にそう語っていた。

 当初の日程より4日延びた16日の長崎商との対戦。1番打者の古閑健太郎(3年)をはじめとする打線が試合の冒頭から集中打を見せ、一回で2点を先取した。「初回にこだわって、試合の流れを作る」というチームの作戦。「(長崎商のダブルエースの1人)城戸君が先発で少し予想外だったが、チームに勢いをつけるバッティングはできた」と古閑は話す。

 しかしその裏、エース吉永粋真(3年)の高めに浮いた変化球を攻略され3失点。「序盤から球数が多く、本来の姿ではなかった」と田島圭介監督は振り返る。両校は7月に練習試合をしており、互いをよく知る学校同士だ。熊本工は三回と七回にも連打などで得点した。熊本大会でも見せたつなぐ打撃で2度の満塁機もあったが、相手の守備位置に打球が飛ぶなどして、あと一本が出なかった。選手たちは甲子園出場校のレベルの高さを感じた。

     ◇

 コロナ禍で練習内容も制約されるなか、選手たちはそれぞれ自分にできることを模索し、試合に臨んだ。仲間の支えがあり、家族の支えもあった。

 吉永はマネジャーで妹の夢絆(ゆな)さん(1年)に感謝している。コロナ禍で練習ができない間、中学まで野球を経験した夢絆さんが公園などで球を受けてくれた。「変化球の精度があがったのは妹のおかげでもある」と吉永。夢絆さんらが甲子園のスタンドで応援した16日、劣勢になっても下を向かなかった。

     ◇

 甲子園ベンチ入りメンバーのうち6人は2年生。次につながる活躍を見せた。

 増見優吏は夏を前に4番を任された。打撃について勉強熱心で、弱点が少ないとして周囲から信頼を置かれている。不安を感じていたが、先輩から「お前が熊工の4番だから自信を持て」と激励された。「つなぐ打球」を意識して適時打を2本放ち、勝負強さが光った。

 松波勲典は次期エースとして期待されている。熊本大会でもピンチの場面で登板。長崎商との対戦に向けて低めの球を磨き、「吉永さんがつらいときは僕が流れを切ります」と言っていた。4点差をつけられた四回途中からマウンドを継ぎ、七回まで、130キロ台の直球に変化球を織り交ぜて相手を2安打に抑えた。

 熊本工野球部は来年で創部100年目になる。「古豪から強豪に」。田島監督が試合後のオンライン会見で語った言葉だ。逆境のなかで出場した甲子園大会は選手らを一回りを大きく成長させたに違いない。熊工の、そして熊本県勢の悲願である「日本一」は次のチームに受け継がれていく。

     ◇

 ここまで熊本工のチームをまとめてきたのは、昨夏から正捕手を務める主将の沼丈真(3年)だ。当初は不安ばかりだった主将は、仲間と共に成長し、先輩の思いも背負って甲子園に臨んだ。「夢の舞台で試合できて素直にうれしいです」と振り返った。

 長崎商と対戦した16日の試合。一回表に4連打で先取した2点のリードを、その回の裏に逆転された。沼は仲間をマウンドに集めた。「まだ序盤。次の回でまた取り返せばいい」。ピンチの時は何度もマウンドに駆け寄り、エースの吉永粋真(3年)の肩を笑顔でたたいた。

 創部99年目、夏の甲子園出場22回目を誇る伝統校の主将。小学2年で野球を始め、小中のクラブチームで全国大会に出場した経験はあるが、主将になったのは初めて。控えめな性格で人前に出るのが苦手。不安で押しつぶされそうだった。

 昨夏の選手権大会がコロナ禍で中止となり、先輩たちから「甲子園」を託された新チームだった。しかし、昨秋の県大会では選抜大会がかかった九州大会出場を逃し、今春の県大会決勝ではバッテリー間のミスもあり、5失策で敗れた。練習では取れる球を追わなくなる部員も目に付いた。

 それでも大好きな仲間を気遣い、強く言わなかった。自ら声を出し、自分の姿勢でチームを変えようと、もがいた。何度も主将を降りようと思った。

 殻を破るきっかけは父親の直人さんの言葉だった。「自分が一番良いと思ったことを貫き通せ」。単身赴任先から帰宅した週末、悩みを聞いてくれた直人さんはいつもそう言った。

 甲子園に行くために、まずは自分を変えよう――。6月、意を決して練習後にグラウンドで部員を集めた。「このままでは絶対に甲子園に行けないぞ」。初めて仲間の前で声を張りあげた。そのときの仲間の真剣な顔が忘れられない。

 翌日からチームの雰囲気が少しずつ変わった。声が出るようになり、ノックの一球一球への執念が強くなったと感じた。「粘り強い野球」が合言葉になった。ピンチの場面を想定した練習で守備力を磨き、夏の熊本大会は5試合で2失策。準々決勝では延長戦をサヨナラで制する粘りを見せた。「気持ちを伝えれば仲間は応えてくれる。人との関わり方を鍛えられた1年だった。主将を経験して人間として成長したと思う」

 積極的に部員に声をかけ、練習後は必ず投手に球の感想を伝えた。甲子園出場を決めて関西入りをした後は動画で対戦校の打者の特徴を分析し、選手とメモを共有した。

 相手と同じ13安打を放ちながら敗れた16日の試合後、田島圭介監督は「投手の力を引き出す勉強を頑張ってくれた。最後まで我慢強くチームをまとめてくれた」と、主将をねぎらった。

 沼は試合後の取材に「これまでやってきたことや思いを試合にぶつけた。夢の舞台で試合できて素直にうれしいです」と話した。卒業後は大学に進んで野球を続けるつもりだ。「大学でも色々な人と出会って、全国に挑戦したい」。たくましくなった伝統校の主将は先を見据え、夢の舞台を去った。(屋代良樹)

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