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阿南光・中山監督、最後の甲子園に感謝 今年度で定年

2021年8月17日05時45分 朝日新聞デジタル

 (16日、高校野球選手権大会 沖縄尚学8-0阿南光)

 甲子園で指揮をとる試合はこれが最後。0―8の完敗だったが、試合後の表情はすがすがしかった。

 阿南光(あなんひかり)(徳島)の中山寿人監督(59)は、今年度限りで定年退職する。

 赴任7年目。「毎日が最後のつもりで必死にやってきた」

 徳島県南部の農家に生まれ、小1のころ父にグラブを買ってもらってキャッチボールをしたのが野球との出会いだった。だが小3の時、父が山中の壊れた橋から落ちて大けがを負った。

 父に代わって田を耕し、働きに出た母に代わって弟や妹の世話をした。中学であこがれの野球部に入部したが、病床の父からは「野球をやめて、田んぼを手伝ってくれ」と言われた。

 それでも、野球部の先輩たちに「ナイスキャッチ」と一球ごとに声をかけられたのがうれしくて、新聞配達で家計を助けながら、父に内緒で野球を続けた。

 高校、大学と選手で活躍し、1988年に体育教員として新野(あらたの)に赴任。当時は県内でも無名校。雑草が生い茂るグラウンドを自ら整備し、選手一人ひとりと野球ノートを交換し、課題を見つけて練習に生かした。92年春の選抜で、新野を初の甲子園出場に導いた。

 その後、徳島商の監督を務め、甲子園に春夏5回出場し、県内を代表する名監督になった。だが、無名の時代から支えてくれた新野の人たちに恩返しをしようと腹を決め、2015年、再び新野に戻った。

 少子化に伴う学校再編で、新野は18年に阿南工と統合し、校名が阿南光になった。

 今も自らグラウンドの草を抜き、雨が降れば率先して整備する。選手とノートを交わすのも変わらない。自ら「頭の中の99%は野球のこと」と言う。

 そんな姿勢が選手たちを動かす。「こんだけ一生懸命、野球ができる人はいない」と、エースの森山暁生君(2年)。嫌いだった走り込みに力を入れ、チームの大黒柱に成長した。徳島大会で選手らは粘り強い野球で強豪を破り、「中山先生を甲子園に」を実現した。

 最後の甲子園は初戦で終わったが、中山監督は「素晴らしい経験と楽しい思いをさせてもらった」と、選手たちに感謝した。(吉田博行)

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