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明豊監督は元コンビニ店長 妻の出身地に移住し指導者に

2021年8月17日06時50分 朝日新聞デジタル

 全国高校野球選手権大会で16日、春の選抜大会準優勝の明豊(大分)が初戦で敗れた。「優勝できるチームを作れなかったのは、私の責任です」。試合後、川崎絢平監督(39)はそう語った。明豊野球部に関わって10年、念願の甲子園春夏連続出場を初めてかなえたが、全国制覇の壁は高かった。

 智弁和歌山の選手時代に3年間、夏の甲子園に出場し、1年の時に全国制覇も果たした。立命館大に進学後も野球を続け、社会人野球チームの「和歌山箕島球友会」では、全日本クラブ選手権で優勝した。選手としては順風満帆だった。

 大学卒業後は3年ほど、地元の和歌山県海南市で親が営むコンビニエンスストアの店長をした。「職業として野球の指導者になりたい」と思っても、強豪校の智弁和歌山にいたからこそ、簡単ではないとわかっていた。

 妻の出身地・大分県に移り住む際、シニアの球団会長を紹介され、その縁で明豊が監督を探していることを知った。面談に行くと、当時の理事長に「明日からでも来なさい」と言われ、2日後にはコーチとして明豊のグラウンドに立っていたという。「大分でも職がなければコンビニで働こうと思っていた。まさか指導者になるとは思っていなかった」

 部長を経て2012年8月に監督に就いた当初は「厳しく選手を指導し、追い込んだ」。智弁和歌山時代の監督は、甲子園通算歴代最多の68勝を挙げた高嶋仁さん。「とても厳しく、全力で勝ちにこだわっていた」という姿勢に影響を受けた。15、17年と夏の甲子園に、19年からは3年連続で選抜大会に選ばれ、今春は準優勝に輝いた。

 しかし、この間、春夏連続で甲子園に出たことはなかった。選抜に出た学校は夏の地方大会で徹底的にマークされる。「指導者として本当に悩んだ」という。

 そんな時、コンビニ店長の経験が役に立った。店長時代は「仕入れを調整し、アルバイトの性格を見極めてシフトを組んだ。最も苦しかったのが、出勤予定の若者の身勝手な急な休みでした」。厳しいだけの指導ではなく、その代の選手の特徴を見極め、柔軟に接するようになった。

 今の3年生には特に、厳しい指導を1週間したら次の1週間は軽めにするなど「緩急をつけた」。その結果、選手は自分たちで考えるようになり、着実に力をつけたと感じる。「いま思えば、(店長時代の)3年間の経験でマネジメント能力が培われ、柔軟性も身についた気がする」

 優勝候補の呼び声も高いなか、この日は専大松戸(千葉)に完封負け。「基本の大切さを改めて実感した。基本をやり直して、次の世代の選手たちと日本一をめざしたい」と語った。(倉富竜太)

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