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豪雨で被災した球児 倉敷商で学んだ「諦めない大切さ」

2021年8月11日13時27分 朝日新聞デジタル

 (11日、高校野球選手権大会 智弁学園10-3倉敷商)

 倉敷商(岡山)の河田昂征君(3年)は、3年前の西日本豪雨で被災した。同じように被災した先輩の背中を追い、県内屈指の強豪校で野球に打ち込んだ。甲子園のベンチには入れなかった。でも悔いはない。

 2018年7月7日早朝、河田君は倉敷市真備町の自宅で、両親が家具を2階に上げる物音で目覚めた。カーテンを開けると、辺り一帯を茶色い水が覆っていた。約5時間後、消防団のボートに救助された。

 当時、中学3年。避難生活のなか、進学先にも悩んでいた。そんな時、倉敷商の試合を球場で見た。粘り強い戦いぶりがひときわ輝いて見えた。「やっぱり倉商のユニホームを着たい」

 小学校から投手をしていたが体格に恵まれた方ではない。同級生には1年の秋から背番号1を付けた永野司君ら実力者も多い。公式戦に一度も出られないまま2度の夏が過ぎた。

 その頃、河田君の自宅がある真備町に、引退した前主将の原田将多さん(19)が避難生活から戻ってきた。よく学校帰りに一緒になった。中学からの先輩で、倉商では1年から活躍していた「最も身近なスター」だ。

 原田さんは水害に続き、最後の夏はコロナ禍にも見舞われた。甲子園への道が途絶えても腐ることなく野球に打ち込む姿に、河田君は勇気づけられていた。

 そんな原田さんから通学路で助言をもらい、河田君の闘志に火がついた。冬場は山道を走って下半身を徹底的に鍛え、制球は安定し球速が伸びた。

 今夏の岡山大会開幕前日、ついにベンチ入りを果たした。2戦目では救援で登板し、勝利に貢献した。

 公式戦の登板はこれが最初で最後だった。だが、甲子園の切符をつかむ一助になれた誇りはある。原田さんからも「岡山大会のベンチに最後の最後で入った。これからも自信を持って」との言葉をもらった。

 「この3年で、つらくても諦めない大切さを学べた」。この日、九回裏に3点を返した仲間たちの姿が重なった。(中村建太)

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