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日大山形、メンバー大半が地元出身 県外組も「んだ」

2021年8月10日17時03分 朝日新聞デジタル

 9日の開幕戦に登場した日大山形(山形)は米子東を4―1で破り、8年ぶりに夏の甲子園勝利をあげた。ベンチ入りした18人中16人が地元出身。山形勢は夏の甲子園での勝率が全国最下位で、他県から有力選手を集める学校も多いなか、「山形っ子」たちが持ち味の泥臭いプレーで奮闘した。

 同校卒業生の荒木準也監督(49)には忘れられない苦い経験がある。1990年代に社会人野球でプレーしていたころ、自己紹介で出身地を伝えると、相手の反応は決まっていた。「あの弱い山形か」

 第67回大会(1985年)で東海大山形がPL学園(大阪)に22点差で大敗するなど、実際に、全国との実力差は大きかった。山形代表の勝率は25勝59敗、0・298と全国最下位。2002年に母校の監督に就任後、そんな状況を変えたいと山形からの全国制覇を目指してきた。

 「地元に優れた選手がたくさんいるから」と、同校は他県から選手の勧誘をほぼ行わない。「山形が好き」と公言する荒木監督に地元球児たちは共感し、続々と有力な選手が集まった。鶴岡市出身の佐藤拓斗主将(3年)は中学生の時、隣県の金足農(秋田)の地元選手たちが躍進する姿に「俺も山形の仲間と甲子園に行きたい」と日大山形に進んだ。三川町出身のエース斎藤堅史投手(3年)も「県内のすごいやつらが集まっている」と聞いて門をたたいた。

 「山形球児のオールスターチーム」。そう評されることも多い。選手たちは県産米を食べて身体をつくり、練習グラウンドの近くのそば屋でおやつ代わりに名産のそばを食べた。

 ベンチ入りで唯一の東京出身の主砲・伊藤翔海(しょうま)君(3年)も山形っ子のルーツを引き継ぐ。父の航さん(43)は同校野球部の卒業生。「お父さんみたいになりたい」とひとり東京から下宿し、雪深い山形で野球に打ち込んだ。最近は友達とのおしゃべりでも、「んだ」と、つい方言が出る。

 この日、3回にタイムリーヒットを放つなど活躍した翔海君を、航さんはスタンドで見守った。山形大会はコロナの影響で球場観戦できず、息子の晴れ姿を見るのは1年ぶり。「文字通り、泥だらけになってプレーしていた。山形で鍛えてもらった泥臭い野球で、本当に良かった」と語った。(福岡龍一郎)

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