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千葉を「野球王国」にしたライバル関係 銚子商・習志野

2021年8月7日09時00分 朝日新聞デジタル

 千葉が「野球王国」と呼ばれる礎を築いたのは、1960~70年代の銚子商と習志野のライバル関係だった。両校で活躍したOBが集まり、当時の秘話や相手校への思いなどを存分に語り合った。9日に開幕する第103回全国高校野球選手権大会に向けたエールも。今回の企画は朝日新聞社と千葉テレビの共同企画として実施された。

     ◇

 宮田 銚子商の木樽さんと阿天坊さん、習志野の谷沢さんは同学年。石井さんは2学年後輩にあたります。私も同世代ですが、当時の高校野球の人気はすさまじいものがありました。

 阿天坊 甲子園に銚子商が出たら、銚子の街には人っ子一人いなくなりました。みんなテレビやラジオにかじりついていました。

 木樽 私たちが3年生だった65年、春の大会で谷沢さんと対戦しました。当時覚えたてのスライダーを投げたら、谷沢さんに見事な本塁打を打たれた。それが決勝点となり、負けました。

 谷沢 直球かと思ったらインサイドへすっと横滑りするスライダーでした。初めてそういう球種を見ました。木樽さんがスライダーを投げるという情報が入っていたので、随分練習しました。

 宮田 春に習志野に負けた銚子商は、練習に一層熱が入ったのでは。

 阿天坊 負けたその日は明るいうちに帰れなかったですよ。銚子市民に怒られて、石を投げられたことだってありますから。最終電車で帰りました。そして、習志野対策で斉藤一之監督が左投手の大学生を呼んでくれて、3日間ずっと練習をしてもらいました。

 木樽 習志野の谷沢くんを抑えないと甲子園には行けないというのが、私の投手としての思いでした。勝つにはどうしたらいいのか、それしか頭になかった。

 ――その夏、千葉の代表決定戦で習志野と銚子商が対戦。銚子商が5―0で習志野を破った。

 谷沢 木樽さんはスライダーを封印して、直球ばかりでした。見事にやられました。もう悔しくて悔しくて、1カ月間は家から出られませんでした。

 宮田 春に負けた習志野を破って臨んだ夏の甲子園。銚子商は準優勝しました。

 木樽 やはり私が当時甲子園に行けたのも、ライバルである谷沢くんがいたおかげだと思っています。

 ――2年後、石井氏がエースとして習志野を甲子園優勝に導く。

 石井 当時の目標は、銚子商を倒すこと。銚子商より上に行くには甲子園で優勝するしかないという意識はみんな持ってました。

 谷沢 グラウンドでは2、3年生の正選手しかほとんど練習できませんでした。1年生は石井さんを含めて、隅で球拾いなどをして、あとは走るだけ。そういうチームが2年後に優勝するとは考えもしませんでした。

 石井 (甲子園で優勝が決まった時は)うれしさよりも、自分の高校野球が終わっちゃった、という気持ちでした。

 谷沢 準決勝で愛知の中京(前年春夏連覇)を破りましたが、そのとき走者を複数回、牽制(けんせい)で刺しました。後にも先にも、石井さんを超える二塁牽制をする投手はいませんよ。

 木樽 習志野の全国制覇を見て、自分たちを超えられてしまったと悔しかったです。銚子商ではなく、一番のライバルである習志野が優勝するとは。

     ◇

 ――石井氏が72年に母校・習志野の監督となり、以後26年に渡り率いた。

 宮田 74年に銚子商が夏の甲子園で優勝。翌年には習志野が優勝しました。

 石井 まずは銚子商と対戦するまでは負けられない。そして倒さないと甲子園に進めない。走って、素振りをして、ティーバッティングをやっての繰り返し。並の練習量ではありませんでした。

 小倉 その頃の銚子商には篠塚和典選手(元巨人)、習志野に小川淳司投手(前ヤクルト監督)がいました。

 石井 75年夏の県準決勝で銚子商とあたりましたが、小川君には「篠塚はずっと歩かせていい」と言っていました。最終回に小川君が三振を取っていたと思いますが、勝負したのはそのときだけだったのでは。試合には小川君の本塁打で2―1で勝ちました。

 小倉 小川投手は甲子園でも活躍しましたね。

 石井 途中で肩を痛めてしまい、どうしたものかと。他の選手が「ここまで来たのは小川のおかげ」「小川で負けたらしょうがない」と言ってくれたので、彼と話をして全5試合投げてもらいました。

 谷沢 石井さんも高校卒業後、肩を痛めたんですよね。大学でコーチのようなことをして指導力を磨き、母校に戻りました。

 宮田 監督として優勝した瞬間、頭に浮かんだことは何でしたか。

 石井 選手らへの感謝です。銚子商の分まで勝てたかなとも思いました。(選手、監督の両立場で優勝できたのは)たまたま運に恵まれたのと、やはりライバルを持つのは大事です。

     ◇

 ――今夏の甲子園では、12日に専大松戸が明豊(大分)との初戦を迎える。

 木樽 専大松戸の持丸修一監督は人間的に素晴らしく、経験もある方。春夏連続出場なので、選手も甲子園の空気を知っている。今年はやってくれるのではないかと期待しています。

 阿天坊 県と県の戦いなので、千葉県の代表として勝ってほしいです。県内のほかの高校がそれを見て頑張るのが高校野球だと思います。甲子園に出場するからには、良い成績を残してほしいです。

 谷沢 運営する社会人野球で専大松戸のグラウンドを利用していたが、持丸監督が着任してからはあまり使えなくなりました。たくさん練習しているのでしょう。頑張ってほしいです。

 石井 「よそ行きの野球」はしないようにしてほしいです。定石や周囲の声に左右されず、自分たちがやってきた野球を貫いてほしいと思います。

 宮田 千葉県の高校野球について一言。

 木樽 我々の世代がつくった基礎を、後輩たちが追いつけ追い越せとやってきました。当時のように高校同士でライバル意識を燃やし、切磋琢磨(せっさたくま)していくと千葉県のレベルはどんどん上がっていくと思います。

 阿天坊 銚子商では以前と比べて地元出身の生徒が少なくなっています。しかし、指導者はOBで、それが強みです。選手にはふるさとのために頑張るという気持ちを期待しています。

 谷沢 多様なスポーツが広がり、少子化も相まって野球に取り組む子どもが減っています。魅力のある学校、監督、OB。そのような雰囲気をもう一度構築して、「野球王国千葉」を復活させてほしいです。

 石井 私たちの時より今の中学生の方が相当上手です。県外の高校を選ぶのもわかりますが、やはり県内の高校でやってもらいたい。千葉にも選ばれる選択肢が十分あります。

 宮田 野球王国復活のためにも専大松戸には千葉代表として全国で競い合い、頑張ってほしいですね。(構成・竹中美貴、上保晃平、高木潔)

     ◇

 千葉テレビでは7日午後7時から、チバテレ開局50周年記念特別番組「野球王国千葉の礎 蘇(よみがえ)る二強時代~銚子商・習志野~」として放送する予定。再放送は14日午後6時5分から。

     ◇

きたる・まさあき 1947年生まれ。銚子商エースで65年夏の甲子園準優勝。プロ野球・東京オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に入り、71年パ・リーグ最多勝(24勝)、通算112勝。ロッテの2軍監督やスカウト部長を歴任。

 あてんぼう・としあき 1948年生まれ。銚子商の遊撃手として65年夏の甲子園に出場し準優勝。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)のドラフト2位指名を断り、立教大に進学し、大学野球などで活躍。現銚子商野球部後援会会長。

 やざわ・けんいち 1947年生まれ。「銚子商・習志野時代」の幕開けとされる65年の習志野ナインの一人。早大を経て、ドラフト1位でプロ野球・中日ドラゴンズに入団し、通算2062安打を記録。西武の打撃コーチやアマチュアクラブチームの監督や理事長を歴任。

 いしい・よしひろ 1949年生まれ。習志野のエースとして、67年夏の甲子園で県勢初の全国優勝。72年母校の社会科教諭になり、以後26年間、野球部監督を務めた。春夏通算で甲子園出場6回。75年夏の甲子園ではエース小川淳司選手を擁して優勝した。

 みやた・おさむ 県船橋出身。元NHKアナウンサーで、高校野球の実況も担当。現在は宮司を務める。

 おぐら・せいら 元千葉テレビアナウンサー。現在は東京ドームで巨人戦の場内放送を担当する。

 ■銚子商・習志野と「野球王国千葉」

 銚子商は1958年、習志野は62年に初めて夏の甲子園に出場。銚子商は地元・銚子一中での指導力が買われた斉藤一之監督(故人)、習志野は「東大が先か、甲子園が先か」が口癖だった山口久太初代校長(故人)のもとで名選手が育ち、強さに磨きをかけた。

 58年からの20年間で県勢で夏の甲子園に出場したのは銚子商、習志野、千葉商の3校のみ。計16回のうち、銚子商が9回、習志野が4回、千葉商が3回。74年には銚子商が、翌年には習志野が全国制覇を果たし、「千葉を制する者は全国を制す」と言われる千葉の高校野球史に残る絶頂期を迎えた。

 70年代末~80年代になり我孫子、市銚子、旧銚子西、東海大浦安、印旛、拓大紅陵、成東と初出場が続いた。2000年代からは木更津総合が計7回出場と、力を伸ばしている。

 ■夏の甲子園での両校の主な戦績

1963年(45)銚子商=8強

65年(47)銚子商=準優勝

67年(49)習志野=優勝

71年(53)銚子商=8強

73年(55)銚子商=8強

74年(56)銚子商=優勝

75年(57)習志野=優勝

76年(58)銚子商=8強

87年(69)習志野=8強

2011年(93)習志野=8強

※括弧内数字は大会回数

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