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審判を務めて50年、「球児と白球を追えて幸せ」

2021年7月17日09時00分 朝日新聞デジタル

 高校野球の審判を務めて半世紀を迎えた人が、今夏の岐阜大会でもグラウンドに立つ。岐阜県高校野球連盟審判部の西濃支部長、野崎義秀さん(70)。自身も甲子園をめざした球児だった。「人生で最も輝いていた時間。一度しかない場面に立ち会えるうれしさと責任を感じている」と話す。

 海津(現・海津明誠)の選手時代は主に三塁手で、主将も務めた。高3で迎えた1968年の第50回記念大会では、その年に甲子園に出場した岐阜南(現・岐阜聖徳学園)に初戦で敗れた。「やりきった」という感覚で悔いは残らなかった。

 卒業後も「野球が好きで好きでたまらなかった」。近畿日本鉄道に就職し駅員として働き始めてからも、母校の練習に顔を出し、ノックをしたりアドバイスをしたり……。指導者になりたくて、大学に入って教員になろうかと悩んでいた。

 「よく来ているよね。時間あるなら、審判をやってみない?」

 練習試合後、顔見知りの審判から声をかけられた。「野球に携わりたい」と引き受けた。数日間休みをもらって夏の岐阜大会の審判を務めたり、宿直勤務明けに練習試合の審判をしたりと、仕事の合間をぬって参加した。

 素晴らしい選手にグラウンドで出会える喜びもあった。

 のちに巨人に入団した岐阜短大付(現・岐阜第一)の湯口敏彦投手(故人)は投球すると、三塁塁審として立っていた場所まで砂ぼこりが飛んできて、「これはすごい」と思った。福岡ソフトバンクホークスの高橋純平投手(24)が県岐阜商時代に球審を務めた際には、制球の良さに驚いた。

 今でも練習試合を含め、年間に50試合ほど審判を務める。高校生が一生懸命、野球に向き合う姿を間近にして、自分も懸命にやらねばと奮起する。「ぼくらはまた来年があるけれど、彼らにとっては最後になるかもしれない試合」。だれが見ても納得できる堂々とした判定を心がけてきた。

 野球好きの野崎さんの影響で、3人の息子たちは皆、高校で野球に打ち込んだ。長男の孝明さん(47)は、今夏の初戦を突破した大垣東の監督を務める。幼いころから、試合のある週末の天気を気にしたり、試合後に家で道具を干したり拭いたりする父親の姿を見て育った。「倒れないよう、いつまでも体に気をつけて元気でいてほしい」と願う。

 野崎さんはこの先も長く審判を務めたいと、ウォーキングや食事に気を使う日々だ。「体は70歳でも、若い彼らから元気をもらい、心は18歳のままでいられる。死ぬまでやれたら本望ですね」

 県高野連から6月に50年特別表彰を受けた。「あっという間だった。高校生と一緒に白球を追えて幸せ」と話す。親子でグラウンドに立つ夏は、始まったばかりだ。(佐藤瑞季)

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