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84歳の女性審判員、70年越しの正夢 白球追った戦後

2021年7月24日09時00分

 「町子さーん、ボールです」「はい、ありがとうございます」

 「代打、お願いします」「はーい、監督さん、代打でーす」

 軟式野球を楽しむ人でにぎわう週末の新荒川大橋野球場(東京都北区)。常連チームにおなじみの大ベテラン女性審判員がいる。

 高橋町子、84歳。1980年に43歳で都軟式野球連盟に登録し、60歳で大リーグ元審判員が主催する米国の審判学校で学んだ。「女にやらせるなと言われたこともあります。男性に比べて小さいし、力もないし、仕方ないんです。野球に恩返ししたいという一心で、今も頑張っています」

 36年、宮城県鬼首(おにこうべ)村(現大崎市)で旅館を営む家に生まれた。8人きょうだいの末っ子。「川で石投げばっかりしていた」という少女は、やがてゼンマイの綿をたこ糸で巻いたボールで、男の子と野球ごっこに興じるようになる。

 8歳で終戦。復員してきたおじさんが薄っぺらいグラブをくれた。休み時間になると、男の子に交じって校庭に飛び出した。

 岩出山高校ではソフトボール部員として国体出場。通学途中に見かけたポスターが運命を変える。

 「女子野球団来る。三共、わかもと古川遠征」

 戦後間もなく女子プロ野球が誕生したが、2年で終わり、実業団に移行していた。グラブ持参で見にいくと、選手が使用球(準硬式ボール)でキャッチボールをしてくれた。「12月に入団テストがあるから受けてね」と言われた。

 東京でテストを受け、翌年1月に合格通知が届いた。「クラスで真っ先に就職が決まったの。野球は不良がやるもの。しかも女の子が、と家族には反対されました」

 クラスメートはわかもと製薬の選手になるのを応援し、岩出山駅のホームで「蛍の光」を歌って壮行してくれた。宮城県内で試合があると、後援会を結成してバス2台で駆けつけてくれた。「野球のおかげで応援していただけた。恩返しをしなきゃいけない。だから野球から離れられないんです」

 チームが数年で解散すると、軟式野球部がある会社に入社。職を変えても、生活環境が変わっても、野球を追い求めた。40歳代で審判を始め、女子軟式チームをつくり、親子3代でプレーした。

 うれしい依頼も受けた。90年夏に開催された第1回全日本女子軟式野球選手権大会で、審判長に任命されたのだ。95年には国内の女子硬式野球の草分けとなった日中対抗女子中学高校親善野球大会で球審をした。「私財を投じて大会をつくった四津浩平さん(故人)からお話があった時は、『やったー』と跳び上がりましたよ。昔の選手仲間に声をかけ、5人で球審と塁審を務めました」

 忘れられない瞬間がある。高校1年の夏、男子同級生がグラウンドで硬式ボールを持たせてくれたのだ。「ずっしり重たかった。これだ! いつかは女の子もこのボールで野球をしなきゃいけない。そう思ったんです」

 それから約70年。日中親善大会は97年から全国高校女子硬式野球大会になり、今年の第25回大会は7月24日に兵庫県丹波市の球場で開幕した。決勝は8月22日。初めて阪神甲子園球場で開催されることになった。=敬称略(編集委員・安藤嘉浩)

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