先生、野球がしたいです 部員0、熱い思いで仲間できた
2年間部員ゼロだった高校野球部に、1人の選手が入部した。監督とマンツーマンで練習を続ける日々に、めげそうにもなった。だが、彼に「仲間」ができた。3人の女子マネジャーに、連合チームの選手たち。初めての夏を戦う彼はもう、1人じゃない。
「元気、笑顔、全力疾走、お願いします!」。大きな声が響きわたり、練習が始まった。広島県呉市の中心部から車で15分ほど走り、くねくねした山道を抜けた先にある呉昭和高校。山に囲まれたグラウンドに5月末、たった1人でアップをする球児の姿があった。
田中隆貴(りゅうき)君(2年)は野球部唯一の選手だ。2018年の夏以降、部員ゼロが続いていたが、昨年6月に田中君が入部し、部は再始動した。
コロナ禍での休校中、近所の公園で中学校の同級生とキャッチボールをしていたときだった。「野球部入らんの?」。友人の何げない一言に、中学校で打ち込んだ野球への思いがあふれた。両親にも相談し、心を決めた。
休校が明ける前日。先生たちに健康状態を連絡するため使っていたチャットにこう書き込んだ。《野球がやりたいです》
3日間悩んだ末、ようやく送信できたメッセージに、すぐさま返事が返ってきた。
《コメントありがとう。野球は1人でできないという人がいるかもしれません。しかし、誰かが最初の1人にならなければチームはできないのです。職員室で待ってます》。熱い言葉は5年前に就任した上原田望監督(53)からだった。
部員がいなかった2年間、監督も試練の日々を過ごしていた。「こうやって野球部はなくなっていくんだなって。OBの人にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった」。だからこそ、田中君の勇気を振り絞ったメッセージがうれしかった。
入部してからは、監督と2人だけの練習が続いた。「全力発声」を求める監督の指導に、初めは周りの目を気にして恥ずかしさを感じた。競い、支え合う仲間がいないためモチベーションが保てず、何度もやめたいと思った。上原田監督も「当初はどこまで本気か分からなかった」と話す。
そんな田中君に、転機が訪れた。昨年8月から並木学院と合同練習を始め、秋季地区大会では4校の連合チームで初めて公式戦に出場。「学校が違っても、アドバイスをもらい、ミスをカバーしてくれた。自分ひとりじゃなく、チームの一員になりたいと思い始めた」。頭髪をスポーツ刈りから、仲間たちと同じ5ミリの丸刈りに変えた。
今年冬以降、呉昭和の女子マネジャー3人が相次いで加わったことも大きかった。キャッチボールやノックも手伝ってくれ、練習に熱が入った。全力発声も堂々とできるようになった。「高校3年間、たとえ選手1人でもやりきる」。田中君に覚悟が芽生えた。
今年1月、県教委は呉昭和の来年度以降の生徒募集を停止すると決めた。2023年度末には廃校になる予定だ。地域では、学校存続を求める署名運動が広がった。中心となって活動する同窓会の曽根誠治会長(54)は38年前、野球部を創部した1期生。このところの部員ゼロにさみしさを覚えていたが、田中君の存在が希望になった。「最後までがんばってほしい。久しぶりに応援も行ってみたい」
田中君は先輩たちの思いを背負い、広島大会史上最多となる5校の連合チームの一員として、初めての夏に挑む。選手は、加計(安芸太田町)、向原(安芸高田市)、賀茂北(東広島市)、河内(東広島市)の計17人。「連合チームのメンバーと協力して、もっている力を精いっぱい発揮したい。この夏、自分自身もレベルアップしたい」(三宅梨紗子)