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任されたのが「バット引き」でも 東海大山形3年

2021年7月7日09時00分

 甲高い金属バットの音が、その合図だ。

 東海大山形3年の渡辺宏喜(17)が、ベンチから勢いよく飛び出す。打球には目もくれない。目指すは、打者が放り投げたバットだ。本塁を避けて最短で走り、バットを手にしてまた戻ってくる。

 控え選手が任される「バット引き」。小走りで済ませる選手が多い中、渡辺は常に必死の形相だ。試合や練習でバットが放られるたび、全身の力を振り絞って走り出す。

 山形市出身。小学4年で野球を始めた時から身体が大きく、スイングが豪快だった。中学3年の時に全国大会に出ると、将来の夢はプロ野球選手になった。だから、9回の甲子園出場を誇る強豪校にスポーツ推薦で入った。

 練習は厳しかった。地面に置いたタイヤを押すトレーニングが特にきつくて、思わず「うー」と声が出た。帰宅は午後10時ごろ。それから2合分の白米を腹に詰め込んだ。

 だが、どれほど頑張っても、結果は残せなかった。

 一方、全国から集まった同学年の仲間たちのプレーには目を奪われた。大阪出身の的場北斗(17)や兵庫出身の津本玲(18)は二遊間の難しいボールでも流れるようにさばく。「すげえ。こんな選手、見たことない」

 昨夏の独自大会。鶴岡東との決勝には、同期5人が先発に選ばれた。ベンチ入りできなかった渡辺は、球場裏の暗がりで雑用をしていた。ふと目をやったグラウンドは太陽に照りつけられ、ギラギラと輝いて見えた。「俺の力じゃ試合に出られないのかな」。急に遠くに感じられた。

 新チームになって間もなく、武田宅矢監督(43)に「ちょっとバット引きをやって」と頼まれた。「雑用と思わず、しっかりやれよ」と念押しされた。

 チームでは、たとえ実力が及ばなくても仲間を盛り上げる選手には出場機会が与えられる。「控えでもいい。プライドを捨てて、全力でアピールしよう」。その日以来、全力のバット引きが始まった。

 なんとしてもベンチ入りしたい理由があった。夏の大会に出る選手しか着ることのできないユニホームがある。その伝統の縦じまを着て両親に見せたかった。

 親元を離れて暮らす他の寮生の話を聞くたび、家族への思いが募った。両親はどんなに夜遅くても帰りを待ってくれるし、早朝の弁当づくりも欠かさない。そんな「当たり前」が、ありがたいことだと知った。自分のできる「唯一の恩返し」が、縦じまだった。

 全力のバット引きは、思ったより大変だった。ベンチからの距離は15メートル前後だが、1試合だと往復約50本のダッシュになる。

 各打者の癖も分かるようになってきたころ、監督の目にとまって、昨秋と今春の大会で念願のベンチ入り。全試合でバットを拾った。監督は大会後、「一番しんどかったのは渡辺や」と褒めてくれた。慣れない言葉に、どんな顔をすればいいか分からず戸惑った。

 大会が近づく6月23日。他の3年生と監督室に呼ばれた。監督は優しく告げた。「これから夏のメンバーを発表するよ。お前たちの名前はない」。控えには多くの下級生の名前があった。「ああ、終わっちゃったか」。身体がずしりと重かった。

 でも、監督室を出て、メンバー発表のある全体ミーティングに向かう途中で、思い直した。「バット引きを続けよう」。背中をしゃんと伸ばし直した。

 報われるかどうか分からないのは、はじめから一緒だ。きっと何かが起きると、最後まで諦めない。金属バットの音がすれば、身体は勝手に動き出す。(福岡龍一郎)

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