「甲子園へ」空回りした主将 仲間に叱られ目が覚めた
主将の空回りでバラバラになったチームを取り戻そうと、3カ月前に約束を交わした。それでまた、つながりあえた。
梅雨空のグラウンドで、宮城県利府高校野球部の主将、下村志実(もとざね)君(3年)は、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。バッティングと筋トレを交互に行うメニューは、球数が120を過ぎたあたり。
トスを上げる太田光君(3年)が「疲れてんぞ!」と大声でたきつける。「キャプテンが疲れた顔見せていいのか!」
下村君が笑顔で応じた。 「しゃあ!」。バットを握り直し、呼吸を整えて、大きくフルスイング。
今春、下村君が仲間とともに取り戻した表情だ。
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部員からいじられる愛されキャラの下村君は、自他共に認める野球好き。昨秋に主将になり、「強いチームを作る」と意気込んだ。
だが、その重みに戸惑った。新チーム初の公式戦で1本も打てず、「皆と同じじゃダメだ」と痛感した。
練習での全力プレーだけでなく、声出しや道具管理も徹底。準備を手伝わなかったり、手を抜いて走ったりする部員に声もかけた。
そのこまやかさに、太田君は「いいチームが作れる」と思った。一方の太田君はチーム一の俊足の外野手で、どんなフライも全力疾走。捕手の下村君から見ても「こいつなら捕ってくれる」と信頼が厚かった。
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それが崩れたのは2月ごろ。校内から新型コロナウイルスの感染者が出て、登校自粛が明けてからだ。
練習には、長時間の素振りやタイヤを使った走り込みなどきついメニューが並んだ。
下村君は、集中力が切れる仲間をなじった。「そんなんで甲子園いけんのか」。練習のギアを上げたいと焦り、いらだっていた。
ぴりぴりした雰囲気が漂い、当たり散らす。次第に誰も話しかけなくなった。部室でうつむくのを、みな遠巻きに見ていた。
「あいつと野球やりたくないな」。太田君の足取りも重かった。「早く誰かが止めなきゃ」
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3月下旬、いら立ちが爆発した。フライを捕った左翼手がすぐ、下村君に送球しなかったからだ。「誰もついてきてくれない。ばかばかしい」。投げやりに本塁を踏んだ。
すると、間橋康生監督(50)から練習を外れるよう言われた。
その日の練習後。太田君は監督から言われて、生徒会長も務める投手リーダーの土井颯真君(3年)と2人で、下村君を誘った。
2週間ぶりに声をかけ、グラウンド脇で向かい合って座った。
「お前だけ突っ走ってもしょうがないだろ」
顔を上げた下村君の返事には力がない。初めて見せる、しょげた表情。
「チームはお前1人のものじゃない。もっと仲間を大事にしてくれ」
今度はぽろぽろと涙をこぼした。チームを思っているのは自分だけじゃなかった。「仲間を信じられていなかったのは自分だ」と気づかされた。
主将になって初めて、仲間に叱られた。それがうれしくて、また涙が出た。
1時間半の話し合いで、約束にたどり着いた。太田君は告げた。「これからは俺たちも一緒にチーム引っ張るから」
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翌日のミーティング。下村君は部員の前で頭を下げた。太田君は「俺たちももっと周り見て声出そうぜ」と呼びかけた。仲間たちは静かに聞いていた。
その日からだ。下村君は練習後の部室でまた、いじられるようになった。
今では下村君が内野ゴロに打ち取られると、「一塁までちゃんとダッシュしろ」と仲間がクギを刺しに行く。(近藤咲子)