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沖縄水産の栽監督の孫、最後の夏へ 「祖父譲りの感性」

2021年7月3日06時50分

 第103回全国高校野球選手権沖縄大会が3日、開幕する。23年ぶり10回目の夏の甲子園出場を目指す沖縄水産には、同校を全国的な強豪に育てた栽弘義・元監督(故人)の孫が在籍しており、最後の夏を迎える。

 沖縄水産が夏の全国選手権で2年連続で準優勝した第73回大会(1991年)。栽監督の長女、志織さん(48)は、他校の生徒ながらチームに同行し、マネジャーのような存在だった。その志織さんの長男、蔵当弘也(くらとうひろなり)(17)が沖縄水産に進学し今春、3年生になった。

 栽監督は弘也が3歳だった2007年に65歳で他界しており、「祖父の記憶はほとんどない」。

 それでも、小学4年から野球を始め、中学時代は硬式野球の「うるま東ボーイズ」でプレーした。91年夏に沖縄水産が甲子園で準優勝した時のエース大野倫さん(48)が監督を務めるチームだ。「祖父が育てた高校で野球に打ち込みたい」と沖縄水産に進学した。

 高1のころにはこんな出来事もあった。グラウンド脇の一般道で飛び出してくるボールの番をしていた時のこと。

 「野球部、がんばれ」「栽監督のころから応援しているよ」と通りかかる人たちから声をかけられた。自分が孫だとは知らないはず。「じいちゃんはすごい人だったんだな」と改めて実感したという。

 弘也は右投げ左打ちの一塁手。ベンチ入りを目指し、「打撃と走塁を磨いてきた」。昨秋はかなわなかったが、今春は背番号「16」をもらった。

 身長175センチ、体重78キロ。校内の学生寮で生活し、筋力トレーニングや食事を通じた体作りに取り組んで16キロの増量に成功した。「素晴らしい環境で野球をすることができた。寮生活を通じて、人間的にも成長できたと思う」

 卒業後は海外の大学進学も視野に入れている。「南部の人と触れ合い、自分は人とかかわるのが好きだと感じた。英語をマスターして世界の人と触れ合いたい」

 本島中部の沖縄市にある自宅を離れて、本島南部の糸満市に所在する沖縄水産で過ごすうちに、そんな風に考えるようになったという。

 上原忠監督(58)は「自分の考えをしっかり持っている好青年。おじいさん譲りの感性があるね」と目を細める。

 沖縄県内は新型コロナウイルスの感染が拡大し、沖縄水産など県立学校は6月に2週間の休校があった。弘也は自宅に帰らず、寮に残って自主トレーニングに励んだ。

 「出場のチャンスをもらえたらチームの力になり、仲間と悔いのない夏を送りたい」

 開幕を翌日に控えた2日、弘也は背番号「15」を手にした。5日に初戦を迎える。(編集委員・安藤嘉浩)

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