スポブルアプリをダウンロードしよう

  • Sportsbull Android App
  • Sportsbull iOs App

すべて無料のスポーツニュース&動画アプリの決定版!

QRコードを読み込んでダウンロード

Sportsbull QRCode

高校4年目の球児が伝えたい挫折 人生変えてくれた言葉

2021年7月11日13時00分 朝日新聞デジタル

 飾磨高校(兵庫県姫路市)の紅白戦。マウンドには、右のサイドスロー三木建汰(けんた)君(3年)がいた。先発投手として、きっちり試合をつくった。

 元エースだが、今夏の兵庫大会はプレーできない。別の高校をやめて飾磨に入り直したから、周りの3年生より一つ年上。高校4年目で、出場資格はない。

 その三木君は練習の合間、何度もポケットからメモを取り出し、書き込む。それが野球を続ける理由の一つだから。

 2018年春。最初に入学した高校は、県内の野球実力校だった。

 自信はあった。中学3年の夏は、内野手兼投手としてチームの県大会3位に貢献。別の大会では、5割近い打率を残したこともあった。

 高校では投手で勝負したかった。でも自分より球速のある投手、変化球のキレがいい投手ばかりだった。

 同級生が抑え込んだ相手打線に、自分は四球ばかり。「もっとできるはずなのに……」。ブルペンで投げ込んでいると、チームメートから冗談っぽく「小学生が投げているのかと思った」と言われたことも。

 野球が、コンプレックスになった。

 6月には、練習で手を抜く方法を探してしまう自分がいた。ふて腐れもした。数カ月後にはトラブルを起こして他の部員にも迷惑をかけてしまった。

 もう居場所がなかった。なにより野球から心が離れていた。

 12月に退学した。

 野球に打ち込むため、後回しにしたもう一つの夢があった。教師になること。進学を見据えて普通科のある学校で、一からやり直そうと思った。

 飾磨では最初、野球部に入らなかった。「また野球を嫌いになったら、どうしよう」。勇気がなかった。

 いったん進むと決めた教師の道にも、迷いがあった。仲間に迷惑をかけた自分に資格があるのか。自問してしまう。

 もやもやしたまま、2度目の高校生活が始まった。

 友人に誘われて兵庫大会を観戦したのは、しばらくした頃。マウンドで投げていたのは、右のサイドスロー。自分の姿を重ねた。

 学級担任は、野球部の顧問だった。大会を見に行ったのも知っていたようだ。7月末の面談で「野球やりたいんじゃないの? 来てもいいよ」と言われた。

 気持ちが抑えられなくなった。

 8月2日。校門近くにいた富浜久詞(ひさし)監督(57)を見つけ、頼み込んだ。

 「ボール拾いでもなんでもやります。ユニホームを着させて下さい」

 そのまま話し込んだ。野球への思いはもちろん、前の高校での失敗と挫折、教師をめざすことへの不安も打ち明けていた。

 気づけば泣いていた。

 教師歴35年目の富浜監督。受け止めてくれた。そんな人間こそが教師に向いていると。

 《教師は失敗したやつがなればよい。辛(つら)い経験は後に生きてくる。自分のように辛い想(おも)いをしたやつに声をかけてあげられるから》

 自分を前向きにしてくれた言葉。家に帰ってメモに書き留めた。

 この日は「人生の分岐点」と振り返る。

 「自分の心にかかっていた雲が流れて、日が差し込んだような日だった」――

 気持ちが変わって、力が出せるようになった。

 途中入部から約1週間後、たまたま練習試合で最終回に登板。三者凡退に抑えた。次の公式大会ではベンチ入り。高2で迎えた昨夏の独自大会でもマウンドに上がった。

 「野球のことが一度嫌いになったからこそ、今好きでやれている。感謝しなさい」

 富浜監督が何度かこんな言葉をくれた。マイナスだと思っていた過去が、プラスに思えてきた。

 昨秋の地区大会。選手資格が切れる前の最後の公式戦で、背番号「1」をもらった。

 練習でも試合でも、富浜監督が口を開けば駆け寄る。その度に、いつも持ち歩くメモに、ペンを走らせる。チームメートもいい言葉をくれる。もっともっと吸収したい。

 「夢をかなえて教師になったら、あの日の自分と同じようにもがく子どもたちに伝えてあげたい」

 この夏、自分の役目はボールボーイ。だから、ベンチには入れない。

 それでもいい。自分以外の3年生にとって最後の夏。みんな必死でやってきたから、光る言葉が飛び出すはず。しっかりと刻む。

関連記事

アクセスランキング

注目の動画

一覧へ