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育成枠から1軍に 巨人の松原聖弥、腐りかけた高校時代

2021年7月6日15時00分 朝日新聞デジタル

 育成ドラフト5位で巨人に滑り込み、昨夏、1軍昇格を果たした松原聖弥選手(26)。仙台育英時代は、最後の夏にベンチ入りを逃すなど悔しさ募る時期もあった。それでも腐らず、粘って、増す存在感。コロナ禍のまま2度目の夏を迎えた高校球児たちに、いま送るエールとは――。

 Q、仙台育英ではどんな選手でしたか?

 A、選手が話し合って練習メニューを決める自主性を重んじるチームの雰囲気が自分に合うんじゃないかと思いました。入ったばかりの時は、他の選手より少し野球ができたので、調子に乗ってましたね。さぼろうと思えばいくらでもさぼれたので、甘い方にいっちゃった感じです。

 Q、2年生の秋に二塁手としてベンチ入りしましたが、翌春にはレギュラーから遠ざかりました。

 A、春の大会前の遠征でなかなか結果が出なくて、このままじゃまずいなと思っていたんですけど。結局ベンチに入れず、夏もそのまま。焦るのが遅かったというか、危機感を覚えるのが遅かったですね。

 Q、2012年の最後の夏の甲子園ではスタンドから太鼓をたたいて応援していました。

 A、同級生が活躍している姿はうれしかったですね。よくメンバー外の人って、「はよ負けろ」と思っている人もいたりすると思うんですけど、そんなことなくて、しっかり応援していましたね。

 夏のメンバーから外れたときはやっぱり悔しかった。でも、そこからすぐ切り替えられました。

 Q、どうしてでしょうか?

 A、練習だと試合に出られたし、楽しさは変わらなかったですね。野球の。

 キャプテンや学生コーチが、腐りかけたときにめっちゃいいこと言ってくれたんで。怒られましたね、2人に。メンバー外決まった後に「引っ張ってくれ」みたいな。キャプテンも控えだったんで、そういうのもあって心に響いたんじゃないですかね。

 Q、成長を感じたのはいつごろでしたか?

 A、大学に入ってからですね。1年は内野手で、1年の終わりか2年の最初に外野手になりました。守備はそんなに自信ある方じゃなかったので、それでバッティングに集中できたのかなというのもあります。

 Q、16年秋の育成選手選択(育成ドラフト)会議で巨人から指名。野球を続けられた秘訣(ひけつ)は?

 A、やっぱりずっと野球が楽しかったからじゃないですかね。練習も試合も全部楽しいです。

 高校時代はもうちょっとできたよなとずっと思っていた。「大学で見返してやるぞ」と。

 Q、いまに生きている経験や思い出は?

 A、なかなか1軍に上がれず、高校時代と同じような悔しい気持ちでいっぱいでしたね。どうやったら1軍に呼ばれるのかなと考えた。そこはプラスになったと思います。

 Q、目標は?

 A、どの場面を任されてもしっかり結果を残してレギュラーをつかめるように頑張ります。

 Q、球児たちにメッセージを。

 A、ひとことですか(笑)、そうですね……。

 えっと、いま試合に出られている人と出られていない人がいると思うんですけど、高校野球で多くを学べるし、プラスになることが多いと思うので、今を一生懸命楽しんで頑張ってください。

     ◇

 松原聖弥(まつばら・せいや)選手

 1995年1月26日生まれ。大阪府出身。仙台育英でベンチ入りしたのは、2年秋の県大会だけ。背番号14の二塁手だった。

 明星大(東京都日野市)で外野手に転向し、首都大学野球2部リーグで2年春から5季連続でベストナイン。2016年の育成選手選択会議で5位指名で巨人に入ると、18年には2軍で134安打を放ってイースタン・リーグ記録を樹立した。20年夏に1軍に昇格し、今季は主に1番打者として出場。6月28日までに7本塁打17打点。173センチ、74キロ。右投げ左打ち。

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