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ついに開花、「奇跡」のエース 元人事マン監督の育成術

2021年7月8日17時35分

 「僕なんかは無理です。高校では甲子園を目指さない野球をやります」

 千葉学芸のエース北田悠斗が、高倉伸介監督に誘われたのは、中学3年の夏だった。シード校として出場した軟式野球の夏の大会で、初戦敗退した直後。小学3年の時にソフトボールを習い、中学から野球を始めた。野球は好きだったが、自信を無くしていた。

 千葉学芸の練習の厳しさは知れ渡っており、自分がとてもやっていけるとは思えなかった。見学に行った千葉学芸の練習試合では、上級生が豪快に本塁打を放つ姿に圧倒され、ますます自信がなくなった。

 だが、高倉と話すうちに熱意が伝わってきた。「この人、本気で甲子園を目指しているんだな」。ここでなら、またがんばれるかもしれない。そう思えた。

 高倉は「異色」の経歴の持ち主だ。三重高校の野球部出身で、1992年に春夏の甲子園に出場。大卒後は民間企業に就職し、人事を担当した経験もある。三重県の皇学館高校ではバドミントン部の監督を務めた。競技経験やルールの知識もなかったが、就任からたった3年で男女ともにインターハイ出場に導いた。

 千葉学芸の監督には17年に就いた。当時14人だった部員は、いまや100人を超える大所帯になり、レベルごとに4チームに分けて練習をしている。北田は多くの1年生と同じ「Cチーム」からのスタートだった。覚悟はしていたが、練習は厳しかった。

 「お前はいいピッチャーになれる」。入学直後から繰り返し高倉がかけてくれた言葉が、北田の意欲をかき立てた。投球フォームをユーチューブの動画で研究し、見よう見まねで投げてみた。7月ごろにはAチームに入ることができた。

 中学時代から北田の投球フォームにはくせがなく、きれいだった。高倉はひと目見たときから、スタミナをつければいい投手になると見込んでいた。

 自信をつけ始めた北田に、高倉は「自分の持ち味を徹底的に追求して、勝ち方を見いだしてほしい」と指導した。北田は中学までは言われたことだけをこなしてきた。だが、高倉の影響で「自分で研究するようになった」という。

 自主性を引き出すのは高倉指導法の根底にある。部室の壁にはチームの「近い目標、遠い目標」が張られている。部員同士で話し合って決めたものだ。「数字や目標がなければ、漠然とやったって成果はあがらない。自身がどう生きて行くか、そのために何をしたらいいのか、それを自身に考えさせる」。民間企業での人事経験がいきている。

 北田は、きゃしゃな体つきで、直球も130キロ台と決して速くはない。だが、自ら考えながら練習することで、スライダー、カーブ、フォークなどの多彩な変化球を着実に身につけることができ、投手として大きな武器になった。

 2年の秋季県大会の予選、はじめてエースナンバーを手にした。今春の県大会決勝では選抜出場校の専大松戸を相手に2失点完投し、優勝投手になった。

 「北田は奇跡です。正直、3年前はこの学年で北田をエースにするだろうとは思っていなかった」。大会後、高倉は語った。「中学校の時の成績がすべてではない。それを北田は証明してくれた」。北田は「監督には自分の思うようにやらせてくれたことに感謝している。最後の夏の舞台、この2年半を出し切れる投球がしたい」と話す。

 この夏、部室に張られた北田が所属するAチームの「遠い目標」を書いた紙にはこうある。「甲子園で勝てるチームを作る」(敬称略)

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