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伊藤誠さんを表彰 愛知の公立高野球部の発展に貢献

2021年6月8日11時00分

 日本高校野球連盟と朝日新聞社が高校野球界に貢献した指導者を表彰する「育成功労賞」に、愛知県内からは伊藤誠さん(故人)が選ばれた。選手時代には、国府で初めてとなる夏の甲子園出場を経験。豊橋商や国府などで監督を務め、公立高校の野球部発展に貢献したことが評価された。愛工大名電の部長だった昨年2月に62歳で他界し、惜しむ声が上がっている。

 伊藤さんは1980年に豊田南の監督に就任すると、その後も豊橋商や国府、愛工大名電などで部長や監督を務め、37年にわたって指導に尽力。県高野連の理事として大会運営にも携わった。

 「個性的な先輩方をキャプテンとしてまとめあげることができたのは、誠さんだったから。あの人がいなければ甲子園出場はなかったでしょうね」

 そう振り返るのは、国府が75年に夏の甲子園に初出場したときのメンバーで、現在東三河地区の審判長を務める倉田久雄さん(62)だ。当時の国府には、元中日投手の青山久人さんや元横浜大洋(現DeNA)捕手の市川和正さんがいた。外野手の伊藤さんは主将で中軸打者だった。打撃では好機に必死に食らいつき、野手の間を抜けるような打球を放つ姿が印象に残っているという。

 2019年の新城有教館創立時から野球部監督を務める杉浦聡監督(37)は、数多い伊藤さんの教え子の一人だ。杉浦監督は豊川市出身で、「甲子園に出た監督がOBにいる国府で野球をするのが、豊川の子どもたちの憧れだった」と、国府への進学を決めた。

 1年夏の愛知大会からスタメンで出場を果たしたが、2年夏にはベンチ入りすら果たせず、スタンドで応援することしかできなかった。「どこかでこんなんでいいと思っていた部分があったのかな。そんなちょっとしたおごりを先生に見透かされていたんでしょうね」。一方で、「一人ひとりの苦手な部分を克服させようとするのではなく、個性や強みを伸ばそうとしてくれていた。そして何より選手の気持ちを乗せるのがうまかった」と振り返る。

 杉浦監督自身、一度は中学校の教員になったが、「やっぱり高校野球の指導者になりたい」と高校教員の採用試験を受け直した。国府の野球部部長に就任後、間もなく転勤で新城有教館の野球部監督に就任。監督就任を伊藤さんに報告すると、練習試合を見に来てくれたり、試合相手を探してくれたりと、自分のことのように喜び応援してくれたという。

 杉浦監督は「自分を含め、当時のチームメートで誠先生に憧れて高校野球の指導者になった者も多い。指導者を次の世代に残していったこと、それも功績です」。(仲川明里)

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