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木内マジックの極意、気づくと今も 恩師と一緒の甲子園

2021年3月28日11時32分

 (27日、選抜高校野球 中京大中京15ー5常総学院)

 第8日の27日に登場した常総学院(茨城)を率いる島田直也監督(51)は、昨夏の就任から半年ほどでの甲子園だ。同校のエースで1987年夏の甲子園で準優勝したが、その際の監督が昨年亡くなった名将、木内幸男さんだ。恩師の教えを胸に勝利を目指した。

 木内さんの采配は選手の個性を生かしながら相手の意表を突き、強豪校を連破して「木内マジック」と言われた。取手二(茨城)の監督時代も含め、甲子園での通算成績は40勝19敗。夏の甲子園を2度制し、選抜も1回優勝。2011年夏に引退した。

 その木内さんの指導方針は「自分で考えなさい」だった。選手時代の島田さんは当初、「試合で使ってもらおうと」、名将の方針にただ従っていた。練習や試合を重ねるにつれ、「このプレーが必要では」「こうサインが出るかも」と考え始めた。狙い通りのプレーができるようになった。

 プロ野球でプレーし、横浜DeNAなどのコーチを経て、昨春に常総学院の投手コーチに。昨夏から監督に就いた。昨秋の関東大会で準優勝し、木内さんの自宅へ報告に行った。

 「よくやった」。病床の木内さんは体を起こし、声を振り絞って言ってくれた。現役時代は「自分で考えろ」と怒られてばかり。褒められたのは初めてだった。母校を復活させたと認められたのか。驚きながら「ありがとうございます」と返すと、木内さんはうれしそうに見えた。約1カ月後、89歳で亡くなった。

 少しでも木内監督に近づきたいと思う。一方で、恩師の采配をただ踏襲する考えはない。だが気づくと、選手には「自分で考える」ことを求めていた。大川慈英(じぇい)投手(3年)は投球の単調さが弱点だったが、「今では場面ごとに必要な球を考えながら投げられる」と話す。1番打者の宮原一綺選手(同)も「プレーや練習についての判断を任せられている」と感じている。

 島田さんはこの甲子園に、昨秋に木内さんと2人で撮った写真を持参した。「天国で見守ってくれていると思う」

 27日の2回戦、中京大中京(愛知)の強打に屈した。試合終了のサイレンが鳴り響く中、ベンチ前で帽子を脱ぎ、選手たちと共に深々と頭を下げた。試合後、継投の遅れを反省点に挙げ、「勉強不足だった。木内監督が見たら『まだまだだな』と言われると思う。選手たちも全国レベルの高さを痛感し、夏に向け必死に練習してくれるはずだ」と話した。(伊藤良渓)

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