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「全国的に無名」なのに甲子園へ あがいた離島の球児

2020年12月29日12時00分

 第102回全国高校野球選手権大会が中止となった今夏、「全国的に無名」と自負する離島の球児が甲子園に立った。鹿児島・屋久島高の黒飛海太(3年)だ。

 鹿児島市から南方へ約135キロ。屋久杉などが生い茂る世界自然遺産で知られる島で、生まれ育った。「プロ野球選手になりたい」。小さい頃に描いた夢を追う。

 中学時代に屋久島選抜として全国離島交流中学生野球大会(離島甲子園)に出場。高校進学の際に島外の強豪校に進んだ仲間もいたが、島唯一の県立校を選んだ。離島の代表として甲子園に行きたかった。

 屋久島のグラウンドには照明がなく、防球ネットも十分に張り巡らされていない。練習試合は島外への遠征が必要なため、機会が限られた。それでも、「休みも近くの公園に集まって野球をする」という仲間と努力を重ねて、夢を温めてきた。

 4番・捕手に成長して迎えた最終学年、コロナ禍に振り回された。3月、島内の感染者は1人もいないのに、練習が自粛となった。5月には夏の全国選手権大会の中止が決定。代わりに鹿児島の独自大会が企画されたが、直前の遠征は県内でクラスター(感染者集団)が発生したことを受けて取りやめに。独自大会は初戦で敗退。納得のいくプレーができないまま、高校野球は終わった。

 大学からプロを目指そうと切り替えた7月下旬、ネット上で「プロ志望高校生合同練習会」の存在を知った。コロナ禍でアピールの機会を失った球児を救済するイベントに、一縷(いちる)の望みを感じた。すぐに坂元洋平監督に相談した。「自分の力を試してみたいんですけど……」

 3年間で公式戦はわずか2勝。高校通算本塁打は「3本か4本くらい」。これまで、スカウトに注目されたこともない。島外に出れば、新型コロナウイルスを持ち帰ってしまうリスクもある。それでも、監督は「試してきてごらん。頑張って」と賛同してくれた。両親とも話し合い、参加のために必要なプロ志望届を提出した。

 迎えた8月29日。会場は阪神甲子園球場。初めて足を踏み入れた。「テレビで見るよりも色が鮮やかで、広いな、すごいな、と。聖地って、こういうことを言うんだ」と感動した。

 いざグラウンドに立つと、周囲のレベルの高さに圧倒された。140キロ超の直球もキレのある変化球も、島では体感できないものばかり。後にオリックスにドラフト1位で指名される福岡大大濠高の右腕山下舜平大(しゅんぺいた)が投じた150キロをベンチから見て、衝撃を受けた。「これが全国トップクラス。いまの自分では全然ダメだ」

 気持ちが折れたわけではない。初日を終え、黒飛はこうコメントした。「無名選手の自分を推薦してくれた先生、応援してくれる屋久島の人々への感謝の気持ちをもって、明日もプレーしていきたい」。全国における現在地を体感できたことで、自然と背中を押してくれた人たちへの感謝が口をついて出た。2日間、精いっぱいのプレーを見せた。

 10月末のドラフト会議で、名前が呼ばれることはなかった。でも諦めない。体感したプロとの距離を縮めようと、大学ではなく社会人野球へ。「大学よりレベルの高いところで野球をしたい」。11月下旬、都市対抗大会に出場歴のある「宮崎梅田学園」から内定をもらった。

 多くの高校3年生がコロナ禍によって進路選択を悩むなか、黒飛はこう考えてきた。「『コロナのせいで』と、自分が前に進めなくなるのが一番よくないと思っていた」。特殊な夏だから生まれた機会を逃さず、あがいたことで、黒飛の世界は広がった。

 12月初旬、冬空の屋久島で黒飛は打撃マシンがはき出す140キロ近いボールの捕球を繰り返していた。「高校のトップレベルを知った後、社会人の練習にも参加したことで、課題がはっきりしました。まず、球速に慣れないといけない」。まっすぐな視線は、前だけを見据えていた。(小俣勇貴)

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