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甲子園ギャル対応も名采配 故木内幸男監督

2020年12月11日10時30分

 茨城県の高校野球史に金字塔を打ち立てた木内幸男さんが、11月24日に89歳で亡くなった。取手二、常総学院の監督として春夏の甲子園で3度全国を制し、茨城を強豪県の一角に押し上げた。

 私が初めて木内さんと接したのは、取手二が全国を制した1984年夏。最初から型破りで驚かされた。当時、「甲子園ギャル」が、球場や宿泊先で選手たちを待ち構えていた。高校野球連盟や関係者が対策に苦慮するほどの盛り上がりだった。取手二が泊まっていた神戸市内のホテルでも、深夜、早朝を問わず、ファンの姿があった。

 木内さんはある日、取材陣がホテルから引き揚げたのを見計らって、女の子たちを裏口から招き入れ、学校関係者や父母らが周りを固める中で、選手との交流会を開いた。それに気づいた一部のマスコミから批判を受けたが、木内さんは意に介さなかった。

 「何をするわけでもないんだよ。ただ、手紙を渡したり、一緒に写真を撮ったりするだけ。その代わりに、帰ってくれとお願いすると、言うことを聞いてくれる。放っておいたらいつまでも帰んない。親御さんだって心配すんだから」。教員ではない監督だからこそできた「教育的な配慮」だった。

 休養日に海水浴をさせるなど、グラウンドでは怒鳴り散らしている選手たちへの心配りもしかり。意表をついた采配の妙もさることながら、木内さんはグラウンドの外でも名将だった。

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