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KKコンビ破った木内マジックの秘密 PL監督が見た 

2020年11月25日06時15分

 高校野球の取手二や常総学院(ともに茨城)で長く監督を務め、春夏の甲子園で優勝経験のある木内幸男(きうち・ゆきお)さんが24日、死去した。89歳だった。

 木内幸男監督が3度挑んだ夏の全国高校野球選手権大会の決勝で、2度対戦したのがPL学園(大阪)の中村順司監督(74)。「ぼくが高校生だったころから監督をされていた方。とても勉強になりました」と15歳年長の名将を惜しんだ。

 1度目は66回大会(1984年)。2年生の桑田真澄、清原和博両選手を擁して大会連覇を狙ったが、木内監督の取手二(茨城)に敗れた。「あのときは春に招待試合で対戦し、確か13―0で勝ったんだよね。清原が本塁打を打ち、桑田が九回1死まで無安打投球をした」と中村さん。「木内さんは投手を5人ぐらい起用した。あとから思えば、色々と試されていたんじゃないかな」。

 決勝では九回に清水哲選手の本塁打で同点に追いついたが、延長十回に桑田投手が力尽きた。

 2度目は69回大会(87年)。今度は木内監督率いる常総学院(茨城)を5―2で下し、春夏連覇を達成した。PLは立浪和義選手、片岡篤史選手が3、4番を打ち、2年生の宮本慎也選手が三塁を守った。対する常総は1年生の仁志敏久選手が3番遊撃手。4番エースの島田直也・現監督が大黒柱だった。

 中村監督にすれば、同志社大に進学後、試合中の事故で首から下の自由を失った清水哲さんが応援にかけつけてくれたのが印象深いという。「ベンチの近くで見守っていた。優勝を決め、彼に向かってVサインをした思い出がある」

 木内さんは「とにかく選手をのびのびとプレーさせていた印象がある」と中村さんは懐かしむ。「ふだんはいろんなケースを想定して実戦練習を積み、しっかり準備をする。そして、試合ではのびのびとプレーさせる。『木内マジック』と言われたけど、その秘密はそのあたりにあったんじゃないかな」

 球界の大先輩で、好敵手でもあった名将の悲報に接し、「いい思い出をつくっていただきました。心からご冥福をお祈りします」と語った。(編集委員・安藤嘉浩)

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