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ドラフト1位、校内沸いた 2001年指名の秦裕二さん

2020年10月24日13時02分

 プロ野球ドラフト会議が26日にある。奈良県内の高校からプロに進んだかつての球児に聞くと、予想外のかたちで、指名を知ったと教えてくれた。

     ◇

 古文の授業中、眠気をこらえていると校内放送が流れた。「秦君が横浜ベイスターズから1位指名を受けました」。学校が沸いた。

 21世紀最初のドラフト。横浜は1巡目で寺原隼人さんの交渉権獲得に失敗したあと、智弁学園(奈良)のエースだった秦裕二(はたゆうじ)さん(37)を指名した。「みんなに『よかったなあ』ってたたかれたり、『調子乗んなよ』って言われたり。関西人ですから」

 生駒市出身。父が西鉄時代からのライオンズファンだった影響で、秦少年は西武ファン。渡辺久信さんの投球フォームをまねた。小4で野球チームに入ったころから「プロにいく」との思いがあった。

 高3の選抜大会で初めて甲子園のマウンドに立った。初戦の桐光学園(神奈川)戦、0―0の七回の守り。1死一、三塁で3番打者が打席へ。4番の方が打ちとりやすいと考えた秦さんは「歩かせますよ」のジェスチャー。ベンチの上村恭生監督は「えっ? お、おう」という感じだった。

 敬遠して4番と勝負だ。捕手はいま阪神でプレーする岡崎太一選手。二人とも「これしかない」と、内角の直球で入った。死球で押し出し。次の打者にもぶつけ、この回5失点で負けた。

 前年は甲子園に進めず、この選抜も初戦敗退。監督交代が決まった。秦さんは泣いた。「僕のせいや、とショックでした。やらなあかんと思った」。最後の夏は甲子園で3回戦進出。秦さんは3試合とも完投し、AAAアジア選手権の日本代表に選ばれた。

 プロ1年目の9月、初登板が甲子園だった。「親にも見てもらえたし、ありがたかった」。10月に初勝利を挙げた。だが2年目のキャンプで右ひじを痛める。5年目に33試合の登板で5勝を挙げたのをピークに、1軍での登板が減った。

 10年目の2011年に戦力外通告。「まだやれる」との思いが強く、1年半もがいた末、13年に独立リーグの富山へ。16年、そこで選手生活に別れを告げた。

 現在は横浜DeNAベイスターズの球団職員として、年中から小2までの子どもたちに野球を教えている。「僕がふと言ったことを覚えていてくれて、どんどんよくなっていく。そういう子に出会うと、楽しみが増えますね」

 秦さんは野球人生について、こう言った。「振り返って『こうしとけばよかった』というのはありますけど、悔いはないです。全部自分で決めたことなんで」。からっとした笑顔だった。(篠原大輔)

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