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ドラフト「就職が決まった日」、天理監督の中村良二さん

2020年10月24日13時00分

 26日にプロ野球ドラフト会議がある。かつて奈良県内の高校からプロに進んだ球児は、その日をどのような気持ちで受け止めたのか。

 「就職が決まった日」。母校の天理高(奈良)で硬式野球部監督を務める中村良二さん(52)は34年前、1986年のドラフト会議の日をこう表現する。

 その年の夏の甲子園。中村さんは5番・一塁手の主将として奈良県勢初の優勝を支えた。「天理大学に進んで先生になって、母校の指導をしたかった。だから、プロなんて考えてなかったんですよ」

 考えが変わったのは9月の三者面談だった。福岡県出身の中村さんは小1で父を亡くし、弟が2人いる。母は言った。「大学に行くより働いてほしい」

 進学を断念したと聞きつけ、プロ10球団のスカウトがやってきた。「どうせなら最高峰のプロでやりたい」と思うようになった。

 ドラフト前夜、寮にいた中村さんに電話がかかってきた。近鉄の名物スカウト、河西俊雄さんからだった。「2位で指名します」

 実際に近鉄が2位で指名。当時の朝日新聞には「百点満点。とくに中村を単独指名出来たのが大きい」と、ドラフトを総括する球団代表の言葉が残る。

 その日の出来事で中村さんの心に残っているのは騎馬だ。「放課後、なぜか同じクラスの柔道部のヤツが騎馬をつくって乗せてくれた。テレビや写真にうつりたかったんかな?」と笑顔で振り返る。

 2軍では打てても、1軍では好結果を残せなかった。97年に阪神で現役生活を終えると、サラリーマンをしながら小学生や中学生に野球を教えていた。

 「プロを目指した時点で(高校や大学の)指導者になるのはあきらめていた」という中村さんに、道が開けた。2005年からプロOBが大学野球の指導者になれるようになり、08年に天理大監督に就任。13年には教員経験を経なくてもプロOBが高校野球の指導者になれる制度ができた。天理高のコーチを経て、15年に恩師の橋本武徳さんから監督を受け継いだ。もともとの夢が、かなった。

 「プロでは2軍暮らしも長くて、いろんな指導者に教わった」と中村さん。プロほど基本を大事に練習させると強調する。「投げる、捕る、振る。この土台ができると失敗も減るし、上達するんです」。プロでの11年間が、現在の指導に詰まっている。(米田千佐子)

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