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のびのび天理野球、教え今も 2度Vの橋本武徳さん死去

2020年10月11日11時57分

 夏の全国高校野球選手権大会で2度の優勝を果たした前天理高硬式野球部監督の橋本武徳さんが9日、75歳で亡くなった。奈良に初めて深紅の優勝旗を持ち帰った名監督だった。

 初優勝は1986年。同校現監督の中村良二さん(52)は当時の主将だ。「自分たちを信じて、のびのびとやらせてくれた。やんちゃな生徒の多い代でしたが、こうしたいというのを『ダメ』と言われたことはなかった」

 部員が自ら考えて動けるよう、責任を持たせてやり遂げさせるのが橋本さんの指導スタイルだった。2015年に監督を引き継いだ中村さんにその考え方は生きている。「成長させたいと思うところでは生徒に任せる。選手が『やる』と決めたことを達成できるよう、手伝うのが監督の仕事だと思っています」

 橋本さんは退任後は総監督として部を見守った。公式戦だけでなく練習試合にも足を運び、バックネット裏でスコアをつけた。4日に秋季近畿地区大会県予選で天理が優勝した後、見舞いに訪れた中村さんに「おめでとう」と声をかけ、中村さんが「来年の選抜を決めるので見に来てください」と話すと、笑顔で「分かった」と答えたという。

 中村さんは節目となる大会の前は、帽子を新調し、つばに文字を書いてもらっていた。「お前が笑っていれば勝てるわ」。そう言って、橋本さんはいつも「笑」と書いた。「笑えば僕も選手も緊張がほぐれるからでしょうね。ピンチの時こそ笑っていようと思います。次の帽子に書いてもらえないけれど、その分、僕も強くならないと」。中村さんは声を震わせながら、静かにほほえんだ。

 2度目の優勝は1990年。その夏、2年生投手として全国制覇を支えた谷口功一さん(47)も「橋本先生は僕らを子ども扱いせず、自主性に任せてくれました」と振り返る。

 2年生にして注目を集めていた谷口さんに対し、橋本さんは「周りへの気配りが大事。人を助けて我が身が助かるんだよ」と繰り返し声をかけてくれたという。谷口さんはプロ野球巨人などに在籍し、いまは関西独立リーグの「06BULLS」でコーチを務める。「橋本先生の『野球は一人でやるもんじゃない』という言葉が心に残っています。指導者としてそういった教えを引き継げているかな、と思います」。谷口さんはしみじみと話した。(平田瑛美、篠原大輔)

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