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「怪物」江川、サヨナラ押し出し四球が「最高の1球」

2020年8月7日16時26分

 土砂降りの雨の中、「怪物」が崩れていく。作新学院(栃木)の江川卓(元巨人)が押し出し四球で銚子商(千葉)に敗れた瞬間は、どこか物悲しく、衝撃的なシーンとして、野球ファンに記憶されている。

 悲劇の主役となった「怪物」には、長く親交のある先輩記者(元編集委員・西村欣也)が、2015年11月にじっくり話を聞いた。

 「いま評論家として見ると、この時の江川は明らかに肩が下がってる。不遜に聞こえるかもしれないが、11本ヒット打たれるなんて考えられないもの」。試合の映像を見ながら語った。

 「怪物伝説」は2年前から始まっていた。1年夏の北関東大会栃木予選で完全試合を達成したのだ。江川は在学中の公式戦で、無安打無得点試合をコールド試合を含めて10回記録している。しかし、2年夏までは甲子園に縁がなかった。

 ようやく全国デビューを果たしたのは3年春の選抜大会。1回戦でいきなり19三振を奪った。強豪の北陽(大阪)打線がバットにかすりもしない。二回、プレーボールから23球目を5番打者が初めてバットに当てると、ファウルなのに球場がどよめいた。この大会で江川が記録した60奪三振(4試合)は、今も大会記録として残っている。

 「怪物」は一気に人気者となった。グラウンドには連日、報道陣やファンが押しかけ、招待試合の申し込みが殺到した。「ああなると、チームは壊されちゃうね」。山本理監督(故人)ら周囲の関係者には、ぼくが話を聞いた。一塁手の鈴木秀男は「江川の後ろで守るのも大変なんだ」と打ち明けた。いつも完全試合がかかる展開になる。「内野はもうガチガチだよ」

 それでも「怪物」は夏の甲子園に戻ってきた。栃木大会は無安打無得点が3試合、被安打1が2試合。ただ、なかなか点が取れないチームになっていた。甲子園の1回戦(対柳川商=福岡)も延長十五回、2―1の辛勝だった。「だから、あの試合が限界だったと思う。僕も野手も本当に疲れていたから」と江川。

 全国の球児は「怪物」を目標にした。銚子商は「江川で始まり、江川で終わったような1年間だった」と三塁手の磯村政司。始まりは前年秋の関東大会。準決勝で江川と初対戦したが、20三振を喫する完敗。春の関東大会で再戦し、練習試合もした。「斉藤一之監督(故人)はそれだけ江川にこだわった。その執念が実を結んだんだよ」。一塁手の岩井美樹(現国際武道大監督)は言う。

 試合は0―0で延長に入り、雨脚が激しくなった。「江川がマウンドに上がると、気の毒なぐらい土砂降りになった」と岩井。十二回裏、1死満塁。フルカウントになり、江川は内野手をマウンドに集めた。

 「まっすぐを力いっぱい投げたい。それでいいか」

 一塁手の鈴木が返した。「お前の好きなボールを投げろ。お前がいたから、ここまで来られたんだろ」

 江川は「やっとひとつになれた」と述懐する。その1球は大きく高めに外れるボールだった。それなのに、「あれが高校野球で最高の1球だった」と言う。

 「怪物」は決して、悲劇の主役ではなかったのだ。=敬称略(編集委員・安藤嘉浩)

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