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転入生バッテリー、最初で最後の夏「悔いのない大会に」

2020年7月22日17時00分

 「取り組んできたことはどこかで必ず結果が出る。これまでしたことは無駄じゃない」

 夏の全国高校野球選手権大会の中止が決まった翌日の5月21日、帝京長岡(新潟)の監督、芝草宇宙(ひろし)(50)が、野球部員を集めたミーティングで語りかけた。その話を聞く部員の中に、県外から転入生としてチームに加わり、今夏、初めての公式戦にのぞむバッテリーがいた。

 投手の吉田行慶(ゆきよし)(3年)と、捕手の西村俊亮(3年)。いずれも県外の強豪校で甲子園を目指していたが、環境になじめなかった。新天地・新潟で夢の続きを見ようと転校を決めた。

 西村は、1年の冬に浦和学院(埼玉)から転校した。かつて帝京(東京)のエースとして春夏3回の甲子園に出場し、1987年夏には無安打無得点試合を達成した芝草が、当時、外部コーチを務めていたことも大きかった。

 だが、寮への引っ越しを終え、野球部の練習を見にグラウンドに行き、がくぜんとした。ノックで捕球ミスをする部員がいても、周りの誰からも声は出ず、ミスをした本人は照れくさそうに笑っていた。「これで本当に甲子園を目指せるのか」

 チームに加わってからも、雰囲気は変わらなかった。甲子園への思いに温度差があることを感じつつも、他の部員に言えないまま2年の春を迎えた。吉田が帝京から転校してきたのは、ちょうどそのころだった。同じような境遇だった2人は、すぐに打ち解け「新潟から甲子園へ」が合言葉になった。

 だが、日本高野連の規定で、転校してから1年間は公式戦に出られない。2人は、声出しや片付けなどチームの裏方に徹した。公式戦が迫った練習試合への出場も控えた。チームは昨春の県大会は2回戦、夏・秋は1回戦で敗退。「マウンドに立ちたい」吉田は何度もそう思った。

 1年から在籍する早川和(いずみ)(3年)は「甲子園を目指してはいたが、誰もそれを口に出していなかった」と当時を振り返る。

 公式戦に出られないのに2人は積極的に声を出し、ひたすら練習に取り組んだ。その姿勢は、次第に他の部員の意識を変えていった。早川は「最初は戸惑いもあったが、2人のためにという思いもあった。甲子園という夢が、現実の目標に変わっていった」と話す。チームの変化を感じた西村も「同じ目標を目指し、『甲子園』と堂々と言い合える仲間ができてうれしかった」と語る。

 チームは冬場の基礎練習を見直し、「限界走」と名付けた厳しい走りのメニューを導入。息が切れ、足が上がらなくなるまで走り込み、心肺機能や足腰を強化し、打撃力も上がった。

 厳しい冬の練習を乗り越え、チームの柱となった2人は今春から晴れて公式戦に出られるようになった。しかし、新型コロナウイルスの影響で春季大会は中止に。部活動も休止となり、練習できないまま夏の選手権大会の中止が決まった。

 「夏は絶対にやると思っていた。こんな形で夢が絶たれるとは思わなかった」。芝草の話を聞いた後も、西村は1週間ほどは気持ちの整理がつかなかったという。そんな時、励ましてくれたのも主将になった吉田だった。「新しい舞台で日本一になろう」とメッセージが届いた。やりとりする中で、現実を前向きに受けとめられるようになった。卒業後、同じ大学に進学し、野球を続ける。2人に新たな目標ができた。吉田は「絶対に悔いのない大会にしたい」。西村は「ここまで応援してくれた親、自分を成長させてくれた学校や仲間へ恩返ししたい」。

 2人にとって最初で最後の公式戦がもうすぐ始まる。準備は整っている。

=敬称略

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