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銚子沸かせた「商業の林」 5チームの誘い断った海の男

2020年8月1日16時45分

 9年連続水揚げ量日本一を誇る、千葉県銚子市の銚子漁港。鮮魚卸業を営む林淳一さん(63)は毎朝5時に起き、キンメダイやイワシに値を付ける。

 「(銚子)商業の林」。高校時代はこう呼ばれた。後にプロ野球・巨人で活躍する同級の篠塚和典さんらと、市民9万人の期待を背負った。

 今でもそう呼ばれることもある。ただその度に、夏の苦い記憶がよみがえる。

 4歳のころ、気づいたら野球を始めていた。「当時の銚子は、遊びといえば野球が当たり前だった」。8歳だった1965年に銚子商は夏の甲子園準優勝。「CHOSHO」のユニホームは少年たちのあこがれだった。

 中学の軟式野球部で活躍していた林さんには、県外の強豪校からスカウトが来た。だが、中学から同級生だった篠塚さんら3人で誓い合った。「地元の商業で甲子園に行こう」

 74年夏。2年生だった林さんは、外野の控えとしてベンチ入りした。チームにとっては2年連続8回目の夏の甲子園。「黒潮打線」と称された強力打線を武器に、初の日本一に輝いた。

 凱旋(がいせん)した銚子駅前では大漁旗とともに、約5万人の大観衆に出迎えられた。手が腫れるほどの握手攻めにあった。「とんでもねえことしちゃったんだな」という思いとともに、悔しさも残った。椎間板(ついかんばん)ヘルニアで十分活躍できなかったからだ。

     ◇

 3年目。強肩の中堅手・俊足の2番打者として攻守の中心を担った。

 6月は、学校に泊まり込む約1カ月間の強化合宿だ。起床は午前4時。正門前の約100メートルの急な上り坂で、125ccのバイクを押すダッシュを5本繰り返した。放課後は400メートル走を15回。ボールが見えなくなるまで数時間、監督のノックを受けた。朝練習に備え、練習着のまま布団に入った。「甲子園のためなら何でも耐えられた」

 そして迎えた千葉大会準決勝。エースで5番打者の小川淳司さん=前・東京ヤクルト監督=擁するライバル習志野とあたる。結果は1―2。習志野は千葉大会を制し、甲子園でも5試合で計67安打の大会記録(当時)で頂点に立った。

 林さんは野球部仲間と遊びに行ったプールで、甲子園決勝のラジオ中継を聞いた。実況の声はうわずり、アルプスは沸いていた。「何やってるんだろう、おれら」。無力感が襲ってきた。

 甲子園がないなら、野球なんてやる意味はない――。大学や社会人の計5チームから誘いがあったが、全部断った。高校卒業と同時に野球をやめ、家業を継ぐため、築地市場に見習いに出た。

 銚子に戻ったのは20歳の時だ。「商業の林が帰って来た」。狭い街でうわさはすぐに広まった。顔も知らない人たちに「活躍、覚えているよ」と手を握られた。母校に行くと、強い潮風の中、土だらけでボールを追う後輩たちがいた。

 26歳で中学からの幼なじみと結婚。長男が小学校に入学すると、「あの商業の林さんでしょ」と野球クラブの臨時コーチを頼まれた。長男が高校球児になると自宅で素振りの指導もした。「この街のおかげで、自分は野球がないと生きていけないと気づいた」

     ◇

 銚子商のグラウンド。一塁側ベンチ上の斜面の席には、今も多いときで数十人が陣取る。通称「土手クラブ」。林さんの現役時代を知る50年以上の熱狂的ファンもいる。

 数十個ある防球ネットのほつれを直すのは、土手クラブの漁師たちの隠れた仕事だ。「朝に気づいたネットの破れが夕方には直っている」と沢田洋一監督。一方、練習試合で選手がミスをすると「練習してんのか!」「引っ込め!」と容赦ない言葉が飛ぶ。

 近年、市の人口は減り続け、銚子商も「古豪」と呼ばれて久しい。東総地区の中学の有力選手が、県外の強豪私立に進学することも増えた。

 それでも銚子商には、50年以上続く伝統がある。今年はコロナ禍で中止となったが、6月の合宿だ。

 変わったことは、早朝の坂道ダッシュで押すバイクが自転車になったぐらい。沢田監督は「一見意味のない練習が、土壇場の精神力を鍛える」と話す。実際に2005年には10年ぶり12回目の夏の甲子園に出場、1勝した。

 林さんは伝統を継ぐ後輩たちを、市内で見かけることもある。丸刈りで日に焼け、野球バッグを背負う後輩たちに、「がんばってるなあ」と感心する。

 「『今年は投手が抜群だ』『足が速いのがそろってる』って、街のあちこちで勝手な戦力分析が始まるのが夏の恒例。銚子にとって、高校野球は特別なんです」。銚子に今も残る高校野球への地熱。その伝統を次世代につないでほしいと後輩たちに願う。(福冨旅史)

 ■銚子市内の高校と夏の甲子園

1958年 銚子商(初出場で16強)

61年 銚子商(16強)

63年 銚子商(8強)

65年 銚子商(準優勝)

70年 銚子商(16強)

71年 銚子商(8強)

73年 銚子商(8強)

74年 銚子商(初優勝)

76年 銚子商(8強)

79年 市銚子(初出場で初戦敗退)

81年 銚子西(初出場で初戦敗退)

85年 銚子商(初戦敗退)

95年 銚子商(16強)

2005年 銚子商(16強)

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