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宮崎)野球の指導30年、西浦秋夫さんに育成功労賞

2020年7月5日09時00分

 高校野球の発展と生徒の育成に貢献した指導者を日本高校野球連盟と朝日新聞社が表彰する「育成功労賞」に、4校で約30年にわたって監督や部長を務めた西浦秋夫さん(69)が選ばれた。1987年夏の第69回大会は延岡工監督として甲子園出場を果たし、2回戦へ進出した。

 日南市の出身。中学時代から野球を始め、「電気のかっこよさに魅せられて」日南工へ。先輩、後輩の上下関係が厳しく、練習では「声が出ていない」「気合が入っていない」と叱咤(しった)されては、先輩たちから「けつバット」を食らった。

 日南工では外野手。主将も務めた。甲子園には度々王手をかけたが出場はかなわなかった。足の速さなど身体能力の高さを買われ、ドラフト7位でプロ野球、南海ホークス(当時)に入団した。

 「プロ7、8年目の先輩たちに基本から教わり直した」と振り返る。先輩たちは軽くバットを振っているのに全然飛距離が違う。自己流だったバッティング、体力の差を感じた。監督交代に合わせ、1年で自由契約となりプロを引退した。

 九州産業大学で教員資格を取得、指導者の道に入った。教員になると決めた時から「甲子園へ」という思いはあった。宮崎工、延岡工では上意下達の鬼監督。延岡工4年目で甲子園出場を果たしたが、7年目の宮崎大会では準決勝で敗退。のびのびとプレーする相手チームに比べ、自分が率いた選手たちは「私の顔色をうかがうばかり」。指導方法の違いを思い知った。

 40、50歳と年をとるにつれ、生徒たちの気持ちを大事にするようになった。「試合に出られない選手たちが、やる気を無くしたらチームはだめになる」。皆野球が好きで入部してきた生徒たち。すべての部員に目を向け、「こうすればどうか」と声をかけ、改善が見られたら少し大げさに褒め、自信をつけさせた。

 「生徒を少しでもできるようにさせてあげるのが教員の務め」。定年後の再任用で勤務した定時制でも、生徒たちとの対話を重視し、一人ひとり抱えた思いや悩みと向き合った。(菊地洋行)

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